かさおか 『かさおか』第62巻 第7号
○1立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号かさおか発行所天理教笠岡大教会かさおか編集掛笠岡市用之江377郵便番号714-0066(0865)電話66-1311FAX66-1314瑞雲分教会昭和15年5月28日設立昭和47年11月5日神殿移転建築奉告祭立教186年7月号かさおか立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号2○27こかん様に続く会開催笠岡女子青年(岡﨑真実委員長)は、6月4日、笠岡大教会でこかん様に続く会を開催、女子青年人、担当者人の計人が参加した。支部長様からのお話では、教祖年祭に向けての女子青年としての心構えについて聞かせていただきました。その中で、何事も自分の心次第で見え方が変わってくると教えていただき、自分のできないことばかりに目を向けるのではなく、少しでもできることに目1614011女子青年支部長様とひのきしんポーズを向けるようにすれば、どんなことでも喜べるようになると教えてくださいました。また、お道の教えについて、「親が信仰しているから信じる」ではなく、自分の目で見てしっかり考え、柔軟な心で受け取ることが大切だとも教えていただきました。お話の後には振り返りを行い、率直な感想を話しながら、自分たちの心のつかい方を見つめなおすことができました。また、昼食は手巻き寿司パーティーをさせていただき、担当の奥様方が作って下さったスイーツもいただいて、とても楽しい時間を過ごすことができました。今回もたくさんの方が参加してくださ支部長様のお話振り返りビーチボールドッジで盛り上がる1810り、充実した会にすることができましださった会員さん、本当にありがとうた。支部長様をはじめ、担当の奥様方、ございました。声をかけてくださった方、参加してく(委員長岡﨑真実)レクリエーションの日開催笠岡学生担当委員会(上原繁次委員長)は、6月日、陶山小体育館で、レクリエーションの日を開催し、人学担が参加した。この日は、すき焼きゲーム、ラダーゲッター、ビーチボールドッジ、ソフトミニバレーを実施し、楽しいひとときを過ごした。(委員長上原繁次)ニュースポーツのラダーゲッター具材を揃えたら勝ち。すき焼きゲームかさおかなら総会の主役である会員にも携わっ少年会わかぎのつどい開催てもらうのはどうかということで、この度の行事開催のはこびとなりました。少年会(森本忠善団長)は、去る6月行事内容は、看板にデザインされた111024日、大教会を会場に「わかぎのつど文字へのペンキ塗りでした。カラフルい」を開催、少年会員人、育成会員でポップなデザインでしたので、ペン人が参加しました。キがはみ出ないように塗るのは難易度わかぎのつどいは中学生を対象にしが高めで、一画一画真剣に手元を確認た行事で、毎回手を変え品を変えてしながら作業を進めていました。育成様々な事に取り組んでいます。今回は、会員の手を借りながら徐々に腕前も上毎年4月に行われている「少年会笠岡達し、素敵な看板に仕上がりました。団おつとめまなび総会」で使用する看来年の総会でのお披露目を皆さん楽し板の製作をしました。これまで使用しみにしておいて下さい。てきた看板の状態も悪くなり、新しくまた、今回参加してくれた皆が、掲作り直そうという話が出た際に、折角げられた完成看板を見て、製作に携わった喜びを感じ、今後この看板が使い続けられる事に誇りを持っていただければ幸いです。(少年会委員岡﨑治喜)人が参加した。今回は久しぶりに移動例会を行うことができました。普段はなかなか会えない島根・鳥取の会員さんがたくさん参加してくださり、その中には初めて参加してくださった方もいました。例会の内容としては、「まあるい心」についての短いお話を読ませていただき、みんなでお話の感想を話し合いました。話し合う中で、何でも喜べる心のつかい方はなかなかできないけれど、できるだけ前向きな考え方で物事を見ようとする姿勢が大切だと感じました。話し合いの後には、自己紹介を含めたレクリエーションを行い、初めての方とも親睦を深めることができました。ゲームの後には、島根分教会の奥様方が準備をしてくださった流しそうめんやオードブルをいただき、担当の奥様が作って下さったスイーツもいただいて、みんな大満足でした。食事の後には海にも連れて行っていただき、島根のきれいな海で夏の訪れを感じながら、みんなで楽しく過ごすことができました。今回は初めての方も参加してくださり、いつも以上に充実した例会にすることができました。担当の奥様方、声をかけてくださった方、参加してくださった会員さん、私たちを温かく迎えてくださった島根分教会の方々、本当にありがとうございました。(委員長岡﨑真実)おいしいごはんに大満足!夏の日差しにも負けない笑顔輝く女子青年女子青年仲良く看板作成中143○立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号7月移動例会を島根分教会で開催笠岡女子青年(岡﨑真実委員長)は、7月2日、島根分教会で移動例会を開催、女子青年人、担当者4人の計18かさおか17017立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号4○301011笠岡の道編纂委員会史跡訪問実施東大教会を訪問して前笠岡大教会史料部長上原繁道東大教会の訪問取材を終えて6月日夜時半過ぎに笠岡に到着、遅い夕食を頂き時過ぎバタンと寝についた。日、朝5時半からの神殿掃除に何とか顔を出して朝勤め、朝食。さて、と思って、「らんまん」の「愛を愛を」を聴いていたら寝てしまった。今日7月1日、パソコンに向かっている。部内教会史取材の時の、教会に行っては帰ってきて、原稿用紙に、聴いてきた歴史を書いて居たのを思い出す。まるで鵜舟の鵜みたいに、大教会に帰ってはサラサラと書いて、また次の教会に出向いて鮎ならぬ教会の歴史を飲み込んで帰ってくる、そして原稿用紙、当時部内教会カ所、頭が変になりそうだった。今回は1日おいて、ボールペンに替わってパソコンのキイを叩いている。東は僕は2回目で、4年ほど前、その時は東悠の会長と一緒で本当にブラ史料部2916リと訪わせて頂いた。今回は事前に連絡させて頂き、大教会長も加わって頂いての訪問だった。4方を道路で囲まれた敷地、そこに建築された神殿、教職舎、あちこち案内頂き大教会長様始め史料部員の方方と2時間半ばかり別室で種々意見交換して頂いた。明治年秋の頃、上原家に後の初代真柱様、本席様、随行の先生方が数日に亘ってお越しになった。上原家は既に長堀の本店、佐吉夫妻の心斎橋筋の隠居所、佐助夫妻の西照庵近くの住居を引き払い、新町の西店に一家が寄り合っていた。佐助氏は備佐の当主として、数日後お越し頂いた御礼におぢばに参拝し、そのとき「東京、東京、長崎」のおさしづと共に赤衣を頂戴した。佐助先生はあまりペラペラと話さない。この時も一切家人にも舅の佐吉、妻のさとにも話さない。従っておさしづ、赤衣については推測である。(この日、東の赤衣を拝観させて頂いた。)佐助氏はおぢばから帰って来て上原家の窮迫の状況を改めて目の辺りにして、密かに東京行きを決心していたと思われる。年が明けて明治年6・7月大阪は24202621大洪水に見舞われる。橋という橋は全部崩落、大阪の街ほとんどが浸水被害に遭った。百年に一度という洪水だった。佐吉八重夫妻、笠原イシ、長女・光(佐助・さとの長女戸籍上、佐吉の養女)は既に笠岡へ帰っていたが、佐助、さと、また使用人の椿卯之助、大久保鍬吉、雪はじめ、さとの子供達は天王寺の二軒茶屋付近に家を借りて西店から移住していた。水が引いて8月、佐助氏は椿を連れて着の身着のまま、赤衣を奉戴して東京へ旅立った。東京行きの船賃が足りないという事で、さとはなけなしの生活費から幾分かを佐助に渡した。佐助、さとの其の後の筆舌に尽くし難い東京、大阪での苦労はここに書かない。明治年陰暦正月日の教祖現身お隠しの時、佐助氏は2・3日して東京で、さとは笠岡で、同じく2・3日して悲報に接している。翌年、教祖1年祭には2人とも、東京眞明組、備中眞明組の講元としておぢばに帰参している。明治年、教祖5年祭の直後、本席様が東にお入り込み、東の土地に「せい水のさづけ」を下された。これにより、東の道は急激に進展した。せい水173のさづけの取次は東の大教会長のみ、口伝で取次方は現在に伝わっている。今回の訪問は、既に発行済みの大教会史の確認で、本来なら、教会史執筆前に来させて頂くのが本当であるが、当時の笠岡の史料部は手薄で、私も種々大教会事務を兼務していたので果たせなかった。それを大教会長に御願いして今回実現したもので、改めて新しい事柄や史料を集成するのが目的ではなかった。一つには私よりも、今後大教会に関わってゆく次世代の方方に同行して頂けた事が大きな成果であった。東大教会は先年、平成年9月代替わりされ、上原家から柴田家へと法灯が受け継がれた。私達にとっては、そういう意味では千載一遇の機会だったとも言える。2点、写真説明を兼ねて掲載させて頂く。1つは東大教会の神殿玄関階段の橫に掲げてある「誌」の文面、もう1つは御井戸の傍に掲げてある「御井戸の由来」の文面。帰って来て改めて「おさしづで辿るあづまの道」(立教年発行)を読んで、訪問取材とはいえ、意見交換の内容は書けない、書かないほうがよいと思った。ただ今述べ20かさおか2725た2点だけは写真と共に掲載させて頂あとに「本部出張所」が置かれたが明く。治二十二年十月十四日教会創設の土台私は6月日、笠岡号でおぢばへ出となった「東京真明組」(講元上原佐て、日に大教会からの車が天理に助大人)が出張所を引き直して「東分寄ってくれたので名阪国道、東名阪教会所」設立の理のお許しを頂き上原伊勢湾岸道路そして新東名と辿り、佐助大人が初代会長に任命され代を重6時頃予約していた宿舎に到着した。ねて今日に至っている。明治二十四年帰りは同じコースを笠岡まで辿った。四月五日当時の「東分教会所」へお入帰って来て境内地を散策した。所々り込み下された本席様よりこの処にに群生する薮萱草の柿色の花が満開、「せい水のさづけ」を下された。おぢ栗の実もいつのまにかかなり大きくば以外の場所で人にではなく土地処になって、また今年は年前に植えたく「おさづけの理」を下されたのは稀有るみが、草刈り機の難を免れてかなりのことであった。右二つの史実を二代大きく育ち実をつけている。いつも思う。いろいろな大教会で神殿から緑豊かな里山が見えるのは、笠岡ぐらいだろうな。先人の苦心、努力の賜のこの笠岡の道、また建物。大切にして、古い歴史と共に、次代に確実に渡していきたい。初代は時々話していたそうな。「温ネ故キヲ知ル新シキヲ」。会長上原義彦大人の遺志により後世に伝えるためこれを誌す昭和五十五年四月十日天理教東大教会御井戸の由来この御井戸は、明治二十二年(一八八九年)八月二十七日、初代会長上原佐助先生が、本席様を通して神意を伺い、お許しを得て、東分教会所当時の神殿玄関に向かって左脇に掘られたものである。明治二十四年(一八九一年)四月五日、当教会へお入り込み下された本席様から、この土地に「せい水のさづけ」がさづけられた。以後、歴代会長は「せい水のさづけ」の取次に、この井戸水を使用し今日に至っている。大正十二年(一九二三年)九月、関東大震災により教会が焼失。昭和六年(一九三一年)、復興建築の折、御井戸は現在のように神殿上段の床下に保存され、使用されることとなった。平成三年(一九九一年)せい水のさづけ拝戴百年を記念して天理教東大教会(扁額は両方とも松村吉太郎先生)教会本部創設の地に立つ東大教会丁寧な解説に耳を傾ける東大教会長様をはじめ史料掛の先生方と5○立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号10誌ここ元の東京市下谷区北稲荷町四十二番地は明治二十一年四月十日「天理教会」がはじめて公認創設せられた処である。右の教会は同年七月理のあるぢばへ引き移り「教会本部」となりかさおか立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号6○六月月次祭祭文これの笠岡大教会の神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原明勇慎んで申し上げます親神様の子供かわいい一条の親心により天然自然のお恵みを頂いて日々は結構にお連れ通り頂いております事は誠に有難く勿体ない極みでございます私共はお見せ頂く姿はすべて我々を成人へとお導き下さる親神様のお計らいであると受け止め朝夕に御礼申し上げると共にたすけ一条の御用の上に努め励ませて頂いておりますその中にも今日の吉日は六月の月次祭を執り行う日柄でございますので只今からおつとめ奉仕人一同梅雨の湿気を含んだ夏の暑さに負けぬよう明るく陽気に勇んで坐りづとめてをどりをつとめさせて頂きます御前には今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供たちが相共にお歌を唱和し日頃の御高思に改めて御礼申し上げる状をご覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて今年は四年ぶりに「こどもおぢばがえり」が開催されます日程や内容など細かい変更はありますが久しぶりに神苑に子ども達の歓声が響くのを楽しみにこの時旬に一人でも多くの子供たちにおぢばがえりをしてもらえるように精一杯参加の呼びかけをさせて頂く所存でございます何卒親神様にはたすけ一条に邁進する皆の誠真実の心をお受取り下さいまして万たすけの上に尚も自由の御守護を腸りいちれつ兄弟が親心に気付いて助け合い睦び合う陽気づくめの世の状に一日も早く立て替わりますようお導きの程を一同と共に慎んでお願い申し上げます立教百八十六年六月月次祭祭典役割表祭主大教会長様上原浩扈者山野弘実高木昭祥賛者三代温生指図方上原繁道講話佐藤道孝八月講話布教推進講習会区分役割地方おつとめてをどり笛ちゃんぽん拍子木太鼓すりがね小鼓琴三味線胡弓坐り勤前半後半中島誠治佐藤道孝谷内伸自横山逸郎中村道德森本忠善岡田誠杉原善朗佐藤真孝大教会長様田中隆之上原志郎前会長様上原浩今川昌彦上原繁道虫明立生山野弘実大教会奥様門脇加津横山小智榮前奥様岡﨑和美山野なつ田中ますみ吉岡八恵上原千枝子森本忠善上原繁次淺野明教三島渉赤木素志山田敏教田林久嗣佐藤真孝岡﨑治喜中村剛岡田誠渡邉隆夫岡﨑真一高木昭祥内海史郎門脇元教三代温生吉岡誠一郎上原順子内海安子岡﨑豊子今川佐智子谷内美知子室悦子佐藤香苗中村初美田中つかさ7○立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号かさおか大教会だより◎第九八二期修養科自立教年4月1日至立教年6月日*教養掛(○主主任、○副副主任)一ヶ月目○主武内正美(大教会役員・髙屋分教会長)○副高橋徳行(亀田山分教会長)二ヶ月目○主杉原善朗(大教会准役員・明石市分教会長)○副渡邉泰造(品治分教会長)三ヶ月目○主山野弘実(大教会役員・上下分教会長)○副藤本芳久(東水島分教会長)*修了者福山田中真実海松ヶ岡森本一平髙屋武内菜緒福冨士坂田浩子18618627福東藤井あかり上小畠田村栞理棚から牡丹餅テレビのクイズ番組の中で、この〝ことわざ〟の意味を答える問題があった。出演者からいろんな答えがあった。申し訳けないことだが、飲酒しながらのことで、答えの内容は覚えていない。棚から落ちてきた牡丹餅が、ちょうど開いていた口に収まることから、思いがけない幸運が舞い込むことーーらしい(西東社『使える語彙力』)。この〝ことわざ〟を聞くと、今は亡き教友の言葉を思い出す。彼は信仰はもとより、商売でも手腕を発揮し成功した。特に、おつくしには厳しかった。「そりゃー、棚の上へ牡丹餅を置いとくけー、何かあった時、牡丹餅が落ちてくるんじゃー。置いとかんかったら、ネズミの糞か埃が落ちてくるんが関の山じゃー」これは、あくまで彼流の解釈ではあるが、一理あると思う。〝ことわざ〟と一緒にすることはどうかと思うが、私たちが神様から頂くご守護もそうではなかろうか?思いがけなく、舞い込んでくることはないと思う。日々の理づくり、ふせ込み、おつくしなど、その方法は千差万別だが、ご守護のもとをしっかりとつくって、棚の上に置いておくから、いざという時、ご守護という大餅になってくるのだと思う。教祖年祭に向けての三年千日活動1年目の本年も、早や半ばを過ぎたが、まだまだ活動日は残っている。小さな餅でもいいので、沢山、棚の上に置いておこうと思う。(る)140詰所からのお願い詰所での宿泊・喫食について詰所で宿泊・喫食される場合は、「教会名・代表者名・泊数・食数」を、2日前までには、必ず詰所へご連絡ください。食事をしない(宿泊のみの)場合でも、2日前には申し込みをして下さるようお願い致します。部内教会・信者に徹底願います。かさおか立教186年(令和5年/2023年)7月21日第62巻第7号○8