かさおか 『かさおか』第41巻 第9号
教祖年祭を目指し道の後継者の育成を念頭に邁進しよう学修高校の部去る月日から日まで親里において立教年学生生徒修養会高校の部が開催されました受講生は昨年とほぼ同数の名昨年名が修了しました講師カウンセラー等のスタッフは名大教会からは名男子名女子名が参加してくれましたこの誌面をおかりして彼らの感想文を紹介したいと思います学生担当委員長吉岡誠一郎橋本佳奈國須高校年生回生私は年間学修に参加させていただきました回生は回生と違い天理教の信仰を学ばせていただく機会が多くとても忙しかったです週間の短い間でしたがその週間で色なものを見せていただきました私は身上をいただき自分を見つめ直すことが出来班の人たちにとっても見つめ直すことが出来たようです私はこの週間で今までの学修では味わえなかったものを味わえたし回生まで参加したことを誇りに思います岩坂瑛治米府高校年生回生今回友達の誘いで学生生徒修養会に参加させていただきましたもうとにかくサイコーでしたこの貴重な体験は一生忘れません自分は天理教を信仰していない身なんでこの学修に参加してもいいのかなぁなんて思っていましたすっごく不安を抱えたままあらき寮に行き部屋に着いた時ある男の子がこんにちはーっと声をかけてくれ自分の不安がその一言でいっきにふきとびましたそれからはみんなでノビノビと楽しく過ごしました学修ではレクチャーおつとめ勉強ひのきしんなどたくさんおもしろい企画がありましたどれも楽しいイベントでした女の子ともすっごく仲良くなり学校の友達よりも学修で知り合った友達の方がスゴイよかったしカウンセラーの方や講師の方も天理教の事を全く知らない自分をあたたかく迎えてくれましたまだ学修が終わったなんてゼンゼン実感がないですあとまたこんな機会があったら是非参加したいですこの学修で会ったみんなそれとお世話になった方本当にありがとうそして天理教サイコーです北川祥江稲倉高校年生回生本当に楽しくてあっという間に終わったはっぴすとの密着取材とか全体の集いに出たりでけっこう忙しかったけど楽しかったやっぱり学修は最高だ短い間でこんなに仲良くなれて感動できる事は他にないと思う来年もまた参加したい青年会総会を終えて九月一日日青年会全分会布教推進週間の初日に総会を開催させて頂きましたが総会を開催するにあたって青年会本部の委員さんに打診したところ総会願書提出を控えるよう助言がありましたしかし青年会の本分は本来布教と求道にあることを会員さんに認識してもらい布教推進という新委員会の方向性を打ち出すためにあえて布教推進週間の初日に総会を開催させて頂きたいと思い無理を承知で総会願書を持参し総勢一四名で自転車団参に臨みました結果全員完走でおぢばに到着し皆で青年会本部に総会願書を提出したところ後日副委員長さんよりがありどうでもこうでもと押しての願い受けとらせて頂きました総会開催の方向で話を進めて下さいとの事でしたこのようないきさつで青年会本部に無理を願いでて承諾を得たわけであり是非とも総会を意義あるものとするために委員会の活動として全ての教会に足を運ばせて頂き総会の意義の徹底と布教推進週間を各分会とも意義あるように活動されるべく活動計画書の提出のお願いに回らせて頂きました結果数の上では例年を大きく上回る計画書を提出して頂きましたが計画書の提出という動きから実動へそしてさらに大きな動きへとつながっていくことを願わずにはおれませんさて総会の大教会長様の祝辞の中で短期間ねぎらの準備の中で総会が開催された事への労いの言葉と祝辞を戴きましたが反面あらきとうりょうとしての青年会員の皆さんらしくもっと荒しくみえるような面もあっていいのではないか勢いがみえてきてもいいのではないか一見おとなしくまとまっているように思えるふしがあるというお話しを頂きました数年前の風潮として指示待ち人間が増えているという言葉が聞かれていましたが指示を待ってその通り動いて終わりというのではなく自らをしっかりみつめて自らで判断し次に何をしていくかという事が大切であると思いますあらきとうりょうとして未開拓な荒野へ足を踏み入れていく事も大切です心を素直にその方向へ向けていく事も大切でしょうしかしその過程として今の自分はどうなのかどのように一歩足を踏み出すべきか日の求道の中から答えを導いていきたいと思います青年会委員小西陽司フリーマーケット開催所感先日大教会の祭典後に第一回目のフリーマーケットを開催しました大教会長様よりその企画を依頼され青年会を窓口として行いましたまずは一応の規約を整え青年会ほか三組から出店させて頂きましたアンケートなど取っていないので反応はハッキリとは分からないものの掘り出し物や格安で提供されたものなど一部では瞬く間に完売した商品もありました新品中古品問わず売り手と買い手がコミュニケーションを取りながら値段を決められるのでバザーよりは高めでもいい物があるという利点があります又利益も出店者の物というのも魅力でありますそもそもこの企画の狙いは物を大事に活用するという事と参拝された方の拠り所に新しくなったピロティーを自由に活用していこうという事だと私は認識しております又後には若年層とのコミュニケーションを図っていけるのではないかと思います詰所にて日夜に売店を開いておりますが一番の収穫は若者が寄り集える場所になっていることです先日名の十代の若い子達が青年会布教推進のキャラバン隊に連日参加してくれましたが彼らはこの売店で知り合い売店を手伝ってくれた子達でしたこのことからもコミュニケーションがいかに大事かと思いますこれからも大事な角目を忘れずに工夫を重ねてフリーマーケットを開催していきたいと思います尚出店希望者を募集しております大教会神事所に設置してあります書類にお書きの上お申し込み下さい又青年会では携帯及びパソコンからのウェブサイトも開設しておりそちらからの受付も可能です個人でも各会でも遠方の方でもどうぞ気軽にご参加下さい青年会委員本多正悟修養科を終えて大教会直轄斉藤務私が天理教を意識し始めたのは二十五年前の父の死後からと思います以前より母は天理教を嫌っていた父に隠れて教会に参拝を続けていました私も子供を授かっておびやをいただきにおぢばには帰ったりしていましたが信仰には程遠いものでした十五年前私は身上をいただきました全然食べ物を受けつけなくなりみるみるうちに何キログラムも痩せていきました病院に行き診察してもらい胃カメラを飲みました結果は胃カイヨウでした約一年間薬を飲みながらタバコを止めその間は二三回胃カメラを飲みました通院しながらも仕事はしていましたが食事をおいしいと思ったことはなくやっとのどを通している状態でした母も妻もすっかり困っていましたある日母が天理に参拝に行こうと誘いました食事も十分取っていない身にはきつかったけど本部に参拝し詰所に泊まって朝の食事をいただいた時本当に久し振りにおいしく食べることが出来ましたこれがおかげというものなのだとおぢばは何と良い所だろうとこの時つくづく感じましたそれからまもなく母は私の為に修養科を志願してくれました七十歳を越えての三ヶ月は厳しかったと思いますがそのお陰で私もすっかり元気になることが出来ましたこのたび店を閉めることになり今まで延ばしていた恩返しをしなくてはと思い修養科を志願しました修養科生活も初めの一週間は早起きやおつとめひのきしん修練と今までのダラくな生活とは一変したのでとてもきつかったです六月に入り学校も始まり外の空気も吸え生活の変化にも身体も慣れてきて少しづつ楽になりました一ヶ月二ヶ月と過ぎてみると色な行事に追われ長いようで短かったように思われます自分なりに暑い中を一生懸命ひのきしんさせてもらい決められた行事や授業を欠席することなく出来たのも親神様教祖様の御守護のお陰と感謝しています私がおぢばはすごい所だなぁと思った事がありました二ヶ月目に食堂で赤いバッヂの修養科生が食事がノドを通らずごはんを口に入れたまま頭をかかえて苦しんでいるのを見ましたところが私が修了を目前にしていたある日偶然に彼をまた食堂で見かけましたそのとき彼はパクパクおいしそうに何もなかったように食事をしていましたこれが御守護なのだとつくづくありがたさを感じましたこの光景を見て自分の信仰が誤っていないことを強く感じました修養科での三ヶ月がこれからの人生に生かされるよう教祖のひながたを手本として自分なりに精一杯頑張ろうと思います全教一斉にをいがけデー提唱周年布教アラカルト私の布教行路国里布教所長國須河田和江修養科を出てにをいがけを始めた時人目をさけ夜中にポストへパンフレットを入れて歩くことから始め自分の心の中でこれではダメと思うようになり昼間にポストへ入れるようになり又これではダメと思いやっと呼鈴を押し天理教の者ですがと戸別訪問ができるようになっていきました今思えばいんねんの自覚のできていなかった私の将来を見抜かれた親神様教祖が私の成人に応じておつれ通り頂いたにをいがけおたすけの道中であったと思います訪問先で天理教ってどんな教えと聞かれまともに話すことのできない私でしたが布教を続けましたあんたより私の方が何十年も生きとるんだあんたに教えてもらうことは何もないとよく叱られ心をたおしていた時今は亡き國須の前会長橘高キヌヨ様は人生は長く生きておられ色経験はしておられるでしょうが天理のおしえを先に聞いて信仰しているという立場から話を聞いて頂けとお仕込み下さり又お道を通る上で天理の信仰を何十年もし修養科講習も修了し何十年も教会へゲタがちびるほど日参し天理の教えはよくわかっているがひとつもおかげがないと言う者がおるが頭でわかっていてもダメだひながたを少しでもたどりにをいがけおたすけをしなければ真に神様をつかみかしものかりものの理病の元は心ということもわからないしわが家のいんねん地癖性分を切り替える心の成人はできないと厳しくお仕込み下さいましたそして若くして身上を頂きやっとわが家のいんねんを自覚した時じっとしていては助からん回るコマはたおれないの如くにをいがけおたすけに歩けとお仕込み下さり大手術の告知を受けましたがその時より医者と縁を切り橘高会長の声を神の声とし身上で時には体重もかなり減少し食べ物ものどを通らない中歩き続けて今年で身上を頂いて年間生かされていますしかしその道中の厳しいお仕込みに橘高キヌヨという人が都合のいいように言っていると思い何度も不足をしました橘高キヌヨという人を通し親神様教祖が私の将来を思い助けてやろうとの親心であったことにその当時は思えませんでしたその後にをいがけおたすけをし理の親となるにつれ深い親心がわかり始めました今理の子も私があの頃橘高会長に思っていた時のように河田和江が自分の都合のいいように言っていると時に反発し成って来る姿に少しずつ親の思いをわかり通ってくれている人もいますですから親の思いは人を助けて我が身助かる道中を通らなければわかりませんでしたあのまま橘高会長を不足し挫折していたら親神様教祖理の親家族生きてゆく中で出会った人に恩になりっぱなしで恩返しせずふしに出会っても苦しんでばかりで心の切り替えができず真の陽気ぐらしを知ることもなく出直していたかと思うと今は亡き國須分教会前会長様の御恩を一日たりとも家族共忘れることはできません私自身病の元は心からにたどりつくまで頭で聞いてはいても心より理解できたのは歳月がかかりましたがしかし私は成人がにぶくのどもとすぐれば熱さ忘れるので時神様からメッセージを頂いていますそして住む家の隣近所どこに引越しても又にをいがけおたすけ先も身元調査して行くのではありませんが不思議とわが家のいんねんと似た方ばかりがおられ時におそろしくなることもありますがいくら嫌われても毎月訪問し今では件数も多くなり訪問先も大変な家数となりましたがいくら玄関先でことわっておられた方でも突然助けてほしいとが日中も夜中でもかかってきたり知人よりこんな方がいるから助けてあげてと一緒に参拝して下さったり初めて出会った方に天理の話をしたらその日から日参をして下さりトイレ掃除を続けて下さり家族の反対の中十年間かけて別席を運び用木となり月次祭をつとめて下さる方もお与え頂いたり病院に知人のお助けに行き隣の人が流産後出血が止まらず明日子宮を摘出するというのでおさづけを取り次ぎすぐ御守護頂いて下さった方子供おぢば帰りへ行って下さった子供さんには学修へ参加して頂いたりその中から初席を運んで頂いた方が今年は天理大学受験を希望して下さったり不思議不思議をお見せ頂いております嫌われてもいつどこにいてもにをいがけおたすけの心を持ち続け常にカバンにはパンフレットとごくを持ち歩きお助けに出れない身上が重たい日は布教文章布教と一言話はひのきしんにをいばかりをかけておくその心を持ち続け通らせて頂いておりますですから我が家では小さい時から子供を布教につれて歩いてきたことで現在大学生の娘高校生の息子小学生の娘は戸別訪問がそれぞれできるまでに成人してくれておりますそうした家族ぐるみでの道中が一番大切だと信じまず外のにをいがけおたすけも大切ですが一番は我が家からと思い日を通らせて頂いております異教徒から見た天理教髙屋分教会長武内正美七月初旬里の父からが入った笠岡の大教会長さんすごいナー新聞に載ってるよとの事詳しく聞くと女性画家で尼さんである渡辺妙法さんという方が愛は地球を救うというテレビの募金キャンペーンにこたえて北九州から東京までの千二百キロの托鉢の旅を尼さん托鉢日記と題して読売新聞に掲載しているその尼さんがに宿泊した時の様子いわが書いてあるとの事そして父曰く夫人がふすま越しにご不自由はございませんかここがまたいいねお前だったらふすまをパーンと開けて尋ねるだろうが失礼しちゃうわ早速新聞を切りぬいてコピーしたものを送ってくれた大教会長様ご夫妻のお人柄底なしの親切教えの実践がこの方の心を動かしたのだろうそれからと言うもの妙法さんは東京に着くまで随分たくさんの教会に泊めていただきその都度味わった人の心の温かさ教えの素晴らしさを素直に日記体で連載していたとの事である大きなにをいがけになったことと思う私も教会長のお許しを頂いて早や六年始めは会長さんと呼ばれることに戸惑いを感じすぐに返事が出来なかったしかし今は信者さん部内の会長さんから会長さんと呼ばれても何の抵抗もなく返事が出来時には茶目っ気たっぷりにポーズまで付けることもある先日町内の寄り合いに出た時のこと少し顔見知りの方から会長さんと呼ばれてドキッとした教会に出入りされている人ならともかくこんな場では私は武内さんでいたその方が気分は楽だったしかし私は武内さんだけど天理教の会長さんなんだと自分の言葉態度の重さを感じた世界は未だ争いの絶え間なく飽くなき欲望は生命の母体である自然環境をも危うくして人類の未来を閉ざしかねない人は我さえ良くば今さえ良くばの風潮に流れまた夫婦親子の絆の弱まりは社会の基盤を揺るがしているまさに今日ほど世界が確かな拠り所を必要としている時はない諭達第一号にこめられたをやのおもいがひしくと胸に迫ってくるそして今月は提唱七十周年を迎える全教一斉にをいがけデーの月おやさまのお伴で歩かせて頂くにをいがけおやさまにお喜びいただけるよう明るく力強くつとめさせて頂きたいこの記事は本年七月二日讀賣新聞筑豊版に掲載されたものでからの転載です異教との出会い温かく月日続き午後四時過ぎ笠岡市に入って間もなく道沿いに天理教の看板を見る宿をお願いすると快く受け入れてくれた最初に決まってホッとする断る寺もあるのに天理教で受け入れられるなんだか変な気持ち上原理一大教会長は人を大切にするのは人として当たり前のこと人をたすけて我が身たすかる一列兄弟という教えを実践しただけとこだわりも気負いもない午前五時半に尾道をたって約十一時間約三十キロほとんど歩き詰めの一日国道号線は車が横を通るだけ人の通りはない人と話すのはガソリンスタンドでトイレを借りる時くらいだった信者用の食堂でキュウリの酢物ホウレンソウとモヤシのいため物魚と大根おろしご飯を頂く用意された八畳の間にはテレビと扇風機があった入浴後足をもんでいると夫人がふすま越しに声をかけてきたご不自由はございませんか明日の行程を尋ねられ倉敷までと答えると倉敷の天理当たってみましょうと言い下がった午後九時就寝月日天理教会の朝は早い午前四時から掃除が始まる五時にみそ汁とご飯たくわんの食事を頂く上原夫妻を煩わせては悪いと思い大教会長宅に寄らずに午前五時半教会を出発約三十分ぐらいたって後方から来た乗用車が止まった上原夫妻だった倉敷の天理にお願いしていますからと地図四枚を渡された倉敷市の窪屋分教会までのルートがわかりやすく記されてあったさらに昼食代でもと白い小封筒に入った三千円本当に何と言ったらいいのか前夜遅くまでかかって手配しパソコンで地図まで作ってくれていたのだありがとうございます幾度も礼を言い去っていく車に深と頭を下げた上原会長は話す人間は人を苦しめれば来世で自分が苦しむことになる今だけ現世だけを考えていては本当の幸せはこないと談話室最近思うこと上下分教会山野季彦今年の夏は年のせいか異常気象のためか非常に暑い毎日であった夏の教職員の集いでの英会話講習会広島教区で毎年行っている常緑塾は私たち夫婦にとってきわめて大切な行事であり日夫婦共に子供の世話に明け暮れている私たちにとって未信者の子弟への伝導教育として極めて重要な行事と受け止めている本部主催の道の教職員の集いは同じ立場にある教職員が胸襟を開いて信仰を確認しあう場であると共に時代を反映した研修の場でもある今年は天理時報で既報の通り福島智先生のお話に感じ入るものが多く有りました私は常人間という形も自然現象も全て親神様のご守護の賜であり心だけが種でありその心の種が現在のあらゆる現象として生起しているのだと悟らせて頂いておりますしかしその悟りの奥に常にお前自身が蒔いた種は自分で刈り取るしかないのだから身上をいただいた一人一人は深く蒔いた種に思いを致ししっかり懺悔することが大切だと考えてきましたその内向的な信仰が他の人をもその尺度で評価し始めると高慢という埃に行き着きますしかし考えてみますと人間出直しの現象は誰も障害を受け持って出直していく存在であり今現在耳の聞こえない人目の見えない人はご不自由な人と自然に考えていますが私たちの出直しは目も耳もそして誰が今いるのかという現実も理解できぬまま出直していくのが真実だと思います障害のあるなしと陽気暮らしは次元の違う問題であり生かされているという真実を深く実感できたとき喜怒哀楽全てが有り難いこととして受け入れられるのではないかと思っていますと言いつつ毎日埃いっぱいの生活に埋もれてしまっているのが実感ですシンデレラ福満分教会長福島大介本年五月十九日福山分教会に於いて六代会長就任奉告祭と創立百十周年記念祭が執り行れたときのことだった参拝者六百名余り履物の数六百足余り当然かその中に一足残された迷子の靴そして福節分教会より参拝された方の靴おやじが無い二十四センチならうちの前会長と同じじゃ履けそうなのがあったら持って来てあげるえっほんまぁ福節の藤井治喜さんとうちの会話そのときはまだ福満からの参拝者が間違って履いて帰ったとは知らなかった八月七日わたし宛に一通の手紙が届いたここにその全文を引用させて頂く迷子がもどるお父さんの靴あったんよ福山の教会にとどけてあるそうよへぇ現代の奇跡じゃのぉと娘と会話をしたやがて原爆記念日の前日に靴が返ってきた福満分教会の縁で知り合ったさん夫妻との交流がその暖かく誠実な人柄に惹かれて二十年ばかり続いたおぢばがえりだが歴史的発見を主眼にするからと二泊の家族旅行にも誘われた合掌造り台湾の石の家天理図書館参考館などなどで文化活動に目を見張った福山分教会の就任奉告祭へのお誘いがあって参加した会場に入るのに靴の脱ぎ場が広くあったものぐさだから入口近くの土間にひょいと脱いだ祭りが終わってからすぅっと履いたらビッタリだったので帰った家で間違えとると言われたが自分にピッタリの靴だから向こうの人にも合うはずじゃえっと値打ちは変わらんじゃろうと話は終った北京へもベトナムへも畑仕事の靴ベラ不用の安物靴を雑巾でぬぐうて行ったが一足くらいパリッとした靴を持っておらねばと言われて老いては子に従った面倒くさいのでいつも運動靴で済ませるからこんなことが起こる最近娘がふと福満分教会でその話をしたらその靴は届けられていて名乗り出る人を気長に待っているとの事だったムネオマキコなどの話が渦巻く中で律儀な人と律儀な集団がある日本の未来を信じられるカギが見えた一世紀にわたる教会のぶあつい活動の凝縮したこの一場面は忘れられないこの手紙を読んで大変嬉しく思ったと同時にシンデレラみたいな人やと思ったすぅっと履いたらピッタリだったには思わず笑ってしまった間違って履いて帰られたことで却ってこのような感動を味わって頂けてこちらもほのぼのとした気分にさせてもらったかくして迷子の靴はそれぞれの持ち主の元へめでたしめでたしあのとき靴が無かった福節分教会の方にはご迷惑をおかけしたのだがともかくシンデレラと同じハッピーエンドとあいなった育てる楽しみ天場山分教会仙田公男私がかつて単独布教をしていた頃ある先輩布教師が三才になる男の子を連れてよくにをいがけに歩いていたその子も楽しそうにパンフレットをポストの中に入れながら歩いていた私はその姿を見ては自分も将来こういう風にしなければとよく思ったものである私は今二人の子どもがいる先輩に倣って赤ちゃんのうちからベビーカーに乗せてにをいがけに連れて歩いた初めはベビーカーに乗っているだけそのうち自分の足で歩くようになり今では親の手伝いをしてパンフレットを配って歩くようになった私は本人が何が何だか訳がわからなくてもにをいがけに慣れさせることが大切だと思っているそうすれば大きくなってにをいがけの大切さを自覚した時抵抗なくそれが実行できるだろうと思う私の家は私が高校生の時布教所になり八年前にやっと教会になった小さい頃は講社があったので手を四つたたいて拝むことぐらいは知っていたがめったにおつとめをしたこともないし鳴物に触れるのも家が布教所になってから初めてだったある時知人の教会に泊めてもらった時のことそこは夫婦と上は中学生から下は保育所までの子ども五人の家族だった朝づとめでは会長を芯に子ども四人が鳴物をつとめ奥さんと一番下の子が下でおつとめをしていたまなびが終わり朝席の時保育所の子が前に出ておふでさきを読んでいた私はその光景に感心して後で会長に聞いてみると子どもには毎日役割を決めてそれを順番にさせているとのことだから小学校の高学年までには一通りのことができるようになっているそうだ私はこれが縦の伝道かと思ったこれも見習わなければならない又別の話になるがある教会の夕づとめに参拝した時おつとめの後でそこの教会の娘が参拝者におさづけを取り次いでいた会長さんも奥さんもいるのに自分でせずに娘におたすけの実行できる用木に育てるために仕込んでいるのだなと思った私は子どもの頃にはおつとめはしなかったしにをいがけも知らなかったおさづけとは生きるか死ぬかの時に会長さんから取り次いでもらうものと思っていたしかし自分の子にはこれらの事が特別なことではなく日常生活の中で普通に行われるものという認識を植え付けたいそして実働用木になってもらいたいと思っている勿論理想通りに育っていくという保証はないし恐らくそうはならないであろうしかし何も考えなしに育てていくよりは子どもの用木としての将来を考えて育てていく方が子どもが成人した後に親として悔いを残すことがないのではないか月日日午前時本部中庭月日土夕づとめ後東西泉水プール前広場月日日第回天理教青年会総会八月月次祭祭文これのの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原理一慎んで申し上げます親神様の親心溢れる御恵みによりまして日は結構に恙なくお連れ通り頂いております事は誠に有難く勿体ない極みでございます特に今月は学校に通う子供達の夏休みという事もあり子供おぢばがえりや学生生徒修養会を通しておぢばへとお引き寄せ下さり親の息をかけて下さったばかりでなくその間天気の御守護を始め少しでも成人出来るようにとお働き下さいました事を御礼申し上げますしかし一方で世界に目を向けてみますと大洪水で多くの人が亡くなったり避難生活を余儀なくされている姿を見るにつけたんくとなに事にてもこのよふわ神のからだやしやんしてみよとのお言葉が心に浮かび借り物の有り難さを忘れいかに我が身勝手の心で過ごしているかを反省せずにはおれません私共は改めてこの道にお引き寄せ頂いた元一日を振り返り生かされている喜びと感謝の心を強めつつ御恩報じの心でたすけ一条の上に勤め励ませて頂いておりますその中にも今日の吉日は八月の月次祭を執り行う日柄でございますので只今からおつとめ奉仕者一同遠近を問わず今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供達のお歌の唱和と相共に明るく陽気に勇んで座りづとめてをどりをつとめさせて頂きます皆の真実の状を御覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて来月九月は本部より布教推進強調月間とのお打ち出しを頂いております月初めには青年会が全分会布教推進週間として月末には全教一斉にをいがけデーという事で活動させて頂きますがその青年会笠岡分会では委員新体制の元九月一日に総会を開きその勢いのまま布教推進を図っておりますしにをいがけデーではリーフレット全戸配布を目指しすでに動いております全よふぼくはこの動きに遅れないよう百万軒にをいがけで培った実動力をより一層発揮してお互い声を掛け合ってにをいがけに邁進させて頂く所存でございますそしてこの活動が単なる行事活動に止まらず成人目指しての日の活動になるよう勤めさせて頂く覚悟でございます何卒親神様には皆の真実誠の心をお受け取り下さいましてたすけ一条の上に尚も自由の御守護をお現し下さり人の心を喜びと感謝の心一杯に立て替え助け合う理によってお望み下さる陽気ぐらしの世の状が一日も早く実現しますよう一同と共に慎んでお願い申し上げます総会式典日時場所前夜祭日時場所今私のところでは我が家のアイドルおしゃべり椋鳥ムック久福分教会長佐藤憲美わが家のムックは今日もママの炊事の水音と合唱するかの様に次に早口でおしゃべりしていますムックジーシテじっとしてアーウンチシタハバチィネー汚いねーウンチシタラメート駄目とイッテルデショードーシテウンチスルノパシャパシャシテ水遊びしてキレイキレイシヨームックカワイイネーピーチクパーチクオシャベリネエームックオヤスミ等お気付きの様に世の母親が赤ん坊に話しかけている時の言葉ばかりしゃべっています椋鳥ムックがわが家の一員になったのは年前広島在住の時でしたママが平和大通りの並木道を散策中樹上の巣より落ちたのかギャーギャーと大口を開け喚きながら鳴いている一羽の雛鳥を見つけそのあどけなさと鳴き声に哀れを感じ持ち帰ったものです産毛も生え揃わず目も開けきらぬ雛鳥ですが直ぐに餌の支度が必要なので小鳥屋を訪ねた所椋鳥でしょう摺り餌を与えてやりなさいとの事でした以来ムックと命名し飼育して来ました最初の二三ヵ月間雛鳥の時の餌やりがママの大仕事でバタバタ暴れながらギャーギャー騒ぐ鳥を左手に掴みムックジーシテじっとしてと言っては右手で摺り餌を箸にくっつけて雛鳥の大きな口へ一日に十数回やっておりました餌に満足すると大人しくなり目を閉じて生理現象からかママの手にウンチをかけ眠りに入ろうとしますママが思わずアーウンチシタハバチィネー汚いねーウンチシタラメート駄目とイッテルデショードーシテウンチスルノなどと餌やりの度に同じ言葉を繰り返していました四五ヵ月経つ頃になると灰褐色の成鳥となり自分で摺り餌を啄む様になりました普段は本来の鳴き声でギャーギャーと鳴いていますがある日台所の水音がすると突然早口で何か人間の言葉をしゃべっている様なので能く聞いて見るとママが鳥に話してい日時対象集合場所参加費内容日時対象会場内容おぢば管内の学生の親睦会月日日本部青年会総会後正午時までおぢば管内の学生高校大学など笠岡詰所なし昼食とお楽しみ行事学生のつどい月日土午前時午後時頃まで学生層高校生大学生専門学校生など学生会青年会女子青年の行事紹介模擬店昼食グループワークる言葉ムックジーシテじっとしてアーウンチシタ等を真似してしゃべっているのでした家族全員びっくりし面白いので台所の水音を出しながら鑑賞したものです今は十五ぐらいの言葉をしゃべる様になりましたが気まぐれ故なかなかこちらの思う時にしゃべってはくれません思うに幼い頃より親の愛情に支えられ繰り返し繰り返し自分に話かけられる言葉を聞いて育てば椋鳥でもしゃべれる様になるものですにをいがけも親の深い愛情と繰り返し繰り返し根気強く理を説くことが必要だと痛感させられますこかん様に続く会延期のお知らせ婦人会笠岡支部の諸事情により月日に計画しておりましたこかん様に続く会を下記の通り延期させて頂きます日時場所内容対象参加御供平成年月日日午後時開会日月祝午後時閉会予定支部長様お話にをいがけひのきしん会食他お楽しみ行事中学生高校生円内容字数寄稿先原稿募集小随筆教会布教所の独自の活動の紹介俳句和歌川柳教会行事開催後の報告記事等字前後字字題名所属教会名氏名を明記してください俳句等は首からでも結構です下記大教会内編集掛宛ドシドシご寄稿ください郵便電子メールなお原稿はお返しいたしませんので予めご了承くださいチョちょ一寸の話しこの時期になると大祭団体は何所に行くのかと聞かれる今年の大祭には教祖百二十年祭が発布されて諭達第二号も配布される大切な大祭いいのかなと思いながら模索している自分が怖い道中の周辺の名称旧跡に案内しているがもうネタ切れいま全教一斉にをいがけの旬いっそパンフを団体で配布してみるのも本来はこうするべきかなあそんな事になると来年から参加する者が無くなるかなあお地場でも前夜祭などのお楽しみ行事で待ち受けて下さるのだからやっぱり必要だろう秋は初参拝者や新米を供える老人が多いので歩きの多い所は階段とか坂道はと模索の此の頃であります先人の話に京都夜行列車でゴトゴトと隣席する人に話しかけてにおいがけならぬ個人調査でお前さんは何所の何方でどこまで行かれるのから始まりついには家族から親戚まで聞いてすきあれば親神様親さんはなあであるそして近くに天理教会があるから行って参拝せよなどとまたおたすけ話で心たすけをする懐に忍ばせたチラシが教科書にもう余人でなく先生である相手は座り合わせた弟子でありますだからお道が伸び栄えたのでしょうそう云うパワーが無い私人の目を気にして何所に行けばなんて御免なさいせめてこんな話をバスの中で話し自他共に勇んでお地場に帰らせて頂こうと決めた初秋の午後です