かさおか 『かさおか』第57巻 第4号
全年陽側国城にの桜葦位歴に馬陽史置と場ヶをもしは所誇呼ては近ばいる一くたれ食江説残たのと戸でるこ中時は地ろ間代葦名か原田馬でら料川術あ付品調るいメ芦練たー田場葦とカ川の陽ーもの堤分言北に教わ池側桜会田れにをの糖あ福植存化り山えすも城たる本小はの福社高が山をい別そ市置陽名の桜いので名馬てあの場い久た由町る松る来に城山だはのが南葦肩組みジャンケンゲーム少年会立教歓のなんみとんだんだりなに列はた同じように肩を組みやがて最後に年いで別のま人とまたジャンンを行ケ平成組をみ肩そて来にの前が態状まのま人組でジャンケンをし勝った人年掛谷宣の和先生ですま当は担回ずターを開させていただきした今催ま年チ後ッ祭会教大日典月アシンャテ月少は長団美正内武団岡笠会年日第月後祭月次巻第アタシ開ー催テッチャン号れさと諭と諄をさ切大のたるあで点拠のし会ぐをこへ足ぶ運ら教いしてしに在存な近身を気陽とほは柱真教会れた立に葉言おた様した生ら千人は笠岡から集が人参大につながる全国各地の高校生学道は本との中庭も部でに典式たれわ行様ご柱妻夫席臨ご真夫ご様亮大妻にをテーマ親里で開催されたが月代を担うようぼくへ次日教立学生春ぢ年おのりばがえ本中庭で部学のりえがばぢお生春学生会次代をうよへくぼう担員委会年少藤井保人たがしとまいざごうしまありたみし愉をび遊葉言りあどな現表な長深味意りあい笑したから形を詞挙げてもらい朗読し容まけ設をスーみるれ入を葉言んスペな予め用先意したり生文章に所が後のそ形たしまーゲ詞容ムが始まが上がってりなに円きたとこ声ろで大教会長様のご挨拶わたれ行がほか会どなこ員話感るよに表代の春の学生おぢばがえり参加者達熱心にフアイフ練習笛鼓みつむ笠岡月は隊で大教会春の鼓笛合宿行うらか日み笠岡鼓笛む隊つ同士の絆深たをめが笠岡につながる学生同じ開催され画学企生自らクッピンリオ内室たしが後からは親睦を深める事を目的に午ご会食とに班の挨拶がありその後たれら詰所にて大教会設が間長け様ー属式典終直は後ワの時了ア神殿に鳴り響く鼓笛の音第巻係員ての参加をお待ちしいます第員隊るな更でのるいてし指目加を参号岡むのらか会教全はで隊笛鼓みつ笠ましたしールンバご過を時とひいし楽でアトー練習その他の子儀供達はの楽雅式祭めとつおれぞれそは子る出に会総めとつおは夜の目日たまめ深を睦親で事行みし楽おは夜み励に習練は昼につ一を心員係員隊とうよ会員を育年少る来出のめとつおてかしたさが大教会人に於いて合同合を行いま宿おか月員係人約員隊でま朝日つとめさせて頂く大変意義深いで会教大習練に共え教をめとつおに供し教のに個会会総のでこの度は子年たしりがでり盛な変大と会選抽上クスイズダはでジンーテまたスした供まりなとーュニメの足も大満いリュと子満点もボくで大人ムーースクッパブ松久ーールすボロ的府射市中トロックチキンナゲッスンーとス上下ブーコークプジュブ高ば島根ッロ屋ブロック焼きそ福山ブックホーロットドッグレ西ツーイスクッロブ東クカロッブめさせ勤にて頂きました模擬店もかい近人護参頂加者守いてをの御や賑っあと日曜てれさ催開中る日約咲に開満際一きも木の桜は年今誇たしで数付員員会成育人数総人受人会を催しました参加者は少年会開月日大教会でおつとめまなび総少年会笠岡団武内正美団長は大教会催開おつとめまなび総会少年会いるこの総会皆様と共にさらに内て重っなと場の成育くぼふよな教会の要個来将すまれらてっなにびおのた喜い大教会長様もにとこくおんへ事であります毎年催させて頂行開盛り沢山のアトラクションに溢れる笑顔員委会年少中村剛史すまし致い願おくし宜もと後今でいて努めてまいりいと思いますのた容のあるものになるよう頂を言助ご盛況だった模擬店海外部立教たい頂てせさ付千たっま集年昨で的の目年寄をルド食にどな院児孤しを問事代なの訪ど平成の終っ立先て目回月わには年今り児たち的生活支援のため目孤のは年たしまし催開をーザバり祭桜援支児孤年カフアの目度で会教大に日リ月いの声山頂いて月日沢をうと日っねてい開も年今昨年良かかたら第巻で大会教第支催開ーザバ援号回第フアリ孤児カ井原ウィンドアン吹サ奏ン楽ブ団ルの皆さん様心からお礼を申し上げます有難にタッフとしてお手伝い頂いた方皆擬店を持ってス日当方くださった設営や模準の場会方たっさ下備け作業に参加して方付値け分仕品を提供してのさったーバザ下頂たしま来出が事くてたせ今て持頂をせ寄心い事行をも年ぎる気もするが沢山の有志の方や行事外の人は大員部海てにきすしさ頂いたてせだいた催き開てっ持をい思ういといたる人一で達来にのても多くの近所人たくめ以頂てしで認あに達人の外知は支のつうも会教的援活を目動一笠岡雅楽の演奏で問訪き頂てせさ付寄て見を況院児状の回次はげ上り売たしまいざごう孤講堂でのバザーます子供有志によるダンス海外部上原志郎支援バザ天ー理の教御語礼学に院駆のけスつテけイたーブ君てっよに上身のこしかし自分は大立りたしまな不安に教どは初最きだたいてえなと教よ年からはし笠か知岡れないらもたか人平はしもぞい寒月らか方な色と成月からるすたしまし願志を科養修の年いとなれし思いかい良が方のもそればてい少しであも早く行でのるけ事たれわ言とかうどらたっ行聞を年かろ月らことが父から前会長が月いてしまた希を願望し日月から人気とうか事や況状の志いらいし話かく行へ科養修らか身上の合第教会へと参拝して月会長さんと何ず巻したま日てま月しに院願退し第し中に志をよって入院のそで科養修号な身上の節きを与えられましたそれ大ういと指小の足右でと切の指断薬仕は昨年の月日に私故事の中事稲倉分教会大月勇樹モたいだたいノおえ与修で科養修養科生の声しでに人人ら分か声事かけるをず自は事たし行実で科養修まが私またしった同期の仲間に出会い由で寄り集まらは老若理まざまさか浦津女男な養で養科を志願しました修修科でかという事を心見つけたいというのけたおいな来すかしに分な何はと出自てしか活を事べ喜てっよの身上にたが修養科を志私願した理由は自分たしま来養修て出生活をスタートが事るす科事てええ変にび喜人といをう考をて有難い事だと考て人という事えり出が事うらもてし導指とちらみっ来いか生人ならおてふりも人の先が与えていただいいるのだと神様思てもそれは今の自分に合った環境を親からですだからたとてっあで人え笑てし心になる顔たいづ気に事ういとも安で明るい姿でいれば周りの人気元えさたそれはなぜかと言分と自うら顔ずっと笑しま来出が事るいでかいとでたた私は身上をだしいた日こ何喜べたういとい無は事るら恐もえれ中の一つがどんな困難な事でも心さたそしのまきだたいてせば学事をなん事たいだたてせ見を節なきいで色身の私は人のそたしまじ感のたす上き大はれこたな御守護だといましてとんほなくな休気けっづは目どまばヶ月いとと目月ヶでち持気たいう分づけを取り次がでせてもら自おいさは人のそしかしえていたそうすでて辞退までい考てし席欠を科養修ど前のヶ月目身上によってほとんはう会出と分自は生科養修のそたしけの取り次ぎ合をするようになりいまさお日毎けを取り次がせてもらいづも自らかおそり知を事るあさづれ分して後にその修養科生も身上そにがたしまれくでい次り取をけづさおはし修のとく着に殿神れま養科そ生たでくてい間聞をし話の上身の分自にののしんが終わってまから神殿に行くき声をかけてくれた事きっかけにひを持した私が杖をまって見をのるいてん会出に生科し養修の人るあでいでヶ月目に入りきのひた別し特っわ終かに間のついていたという感じヶ月目正は直慣れる事に必死でたしまてすぐ組の仲間と仲良くる事が出来なっがけでわかった事でしたそれによのたしで事ういとす話て見を顔心そたその時心がけた事は常相手のにすましい願おくしろよとっずもらこれかたましいざごうとがりあに当本きだたいてせさご過科養修の高最を養修てしそ方科間仲の期全員ん方生先の科養修き部のしひのの本様所詰皆の方生先の人の掛養教生なった最後に修に話世おで活科養ぱ持ちでいっすいで仰感に当本とだのもるよに謝気のの信本当に嬉しく思います親て全もれこ養科に修の引き寄せいただいた事をおはで葉は私言んてぎ書ききれませこ修養科で学んだ事はたくさんあり過でいたりあで木用なうよるけだたすで喜にんさ長会や親りがなつといん事るへ会教自らかてっ帰へ元地くなますがただひとつこ感謝を忘れのまだたくさんありまは事いたき書だたしまりなにいぱっいでち持気の感謝くし嬉に当本い思とだのたっさ下いというそ護守御は様神親に心のた相手くにたすかってもらい無はで上身ま分自がなにう分自もれこたしりのよるけ歩もてくなた持を杖たいてっ持かでもヶ月目まれそら私頃たっ入にすけてい方一すでのたいていでだたたかりを願う事で自分自身の身上をかるとすそ生先るあで鎮重の会教のさも言えずじっと見入っていた何おかえ見もにうしよの姿ろ後の性女げなしの髪黒とるえ変を線視し少かも優ていたで素直な筆致のれ見事な書が掛けらかに爽や実もがなりあで渾雄を使いらんうゆこだとりぷったはに間客な派立たい墨てたいし通え終を話講そで会の教るの香るあも町でと舞の団布も化文と史歴たっな台山田家作の小説るの治明たま花袋立あでたした果を通割役的心中の済町経教のる江戸幕府継天領して地方の交すとする地域市の銀を中田と太心を県中年て根島つかと称さ石れは見現在の平成こ下町内に分水嶺上を持つとからただいたことがある年にある静な町の教会に参させていか拝十数年が広島県の山間だとこの前年あいまや榁の木柱床月ウロギモビエン日第巻磨き上げれば談話室第号の南に隣接する甲山町の氏宅の講社昭和年の早だった先生が町春ような情景が浮かび上るがの次と像想に元を話の生先のそるすたっさ下てし明説を緒由情表いし浮かべなをのうよ床柱の優遠い日の役恋を語るかは先初生員とギそれはモロウという木でねたいてし存出し醸を感在るかも格を持たせ風かもドキッとしせとさるかのようにの間に充分な重み床て立き引を筆親まはれそるで御たいづ床な事見く輝と柱つやつのけにらや気だ瘤り曲じ捻に雑複とる遣に脇をがやぶこねすそからしばらくっと目線してれたほどなあと改め動て感下しるなりさ本席様の御親筆ですえ教おとよがつぴんしるいてた設計図を鞄から取り出しばかんといいながら先生はいつも持ち言歩役をするこ総になったゃ世話とんじるの事工そは僕てっなにとこをすの下実はこ請普転移の会教分上度のじにまんほうのゃ然突いらえかゃろうじにんえらもてっ譲じ僕がゃ然突よあの山のモウ木をロ見せてもろうたは早速友人宅に向かったに役話世総の請擢さていた先生抜れ築時教会は移転建の計画中で普当うあるでいと友ち主の生人氏を持訊けば先たただこ木大れじ捻ともない榁のっむろ根りかっしを張った今まにでに見と頂山るれさ曝に雨風強に常はれいそさら見て驚いたで傍り登頂上までたいだたいてし内案を道山がなせまら膨を胸に待先生は期らもしかするとえ答らすたとれでもモロんギという木だそなでウうそこで氏に尋ねるととポツンと一本の古木が立っているる見とふを上頂の山裸るあにく近るあでとこの祭に運時んだかかんたハハとこいてっや杯一でろハじも目て断駄ったところゃじゃっう言ころで万十二どじぇけゃた来が客とで円万十日先売て欲しいというっハハもちろん分かっとるよハねんるとっ知はち打値の木のあかどけう言いし嬉に単簡たんあゃりそかまんほえわいし嬉あっ柱せてなら献納さもようらそんな大物が来てるれら客間の座床てかたい開をらにろむもお口え考氏く腕ら組みをしてばしはたいて動タカタカでい気湯が蓋練炭火にかけられた薬缶の鉢て待ょっとちやんかふたんめのぉかじもでうほゃなんんとかい頼なけよは算予ゃじえ据にん座る客間るうど話の先じゃけえがん管さその長たけ生は友人の続顔を見据え言葉を先としてかんわ思とゃ誉なもことじ栄巡が教町あゃりこいなはとこたれさ派上長管山本のれん宗もてしと下町教天理で一番偉い人が来しもかるれらじゃ将来真柱様いうてなん入れと今ころなるをこの客間に力とあるのもきべるれさ賛賞では立前の良さ献納し気た氏の心意気と教万もの値打ち百る木をポンとあが年るでということたあ平とこな変大だのたっかなばでっらな成き磨に寧丁らかでい剥れに重けげな上年できた榁の樹皮を竹べらで慎部全むろかにたがかんがぶこりが曲れっねじしきのひのの信者さん方と共に仕上げ年り帰ち大勢切早速持に会てし出り教月っくお礼く深は生先て厚言を日恐らく百万円近い逸品であろうばいっぴんす算換に段値れ較できないが今の比第万千円くらいであったから単純に巻時当が給任初卒大の円万約在現第号くかうろだいなは事な床柱のような役割を果たせるのでば見のことして生まれらなたっわ変に理くぼふよげよって心を磨き上も神様に引き寄のえ教きだたいてせに捻じ曲がひねくれていたとしりてに境環な酷過いし厳にうよ複雑育ちとお教えいただようにたとえどのくおふでさき第七号ひりいてをふよものとあけつきんたらか木たねひもりよれそと九十であったと教会に入りこまれたのは昭和年のこ後日談ではあるが真柱様が上下分るあでみがあったに違いないと私は思うの徹底した神一条助け一条込せ伏のの方生先の人先や方るがなつに会教とっきはにでまる至にこそしかしが塩が無いとこうまで味けなもい物ていたべと食てっ思といし美今まで味のそとせまい殿様は試したする後全もて煮塩抜きて下さっで召し上が物もたならばお殿様焼魚も物吸おし家返は臣のそ殿た様はたいそう怒っすで塩はれそたふざけた答えにとってきたすると家え答が人の臣返ろう種だのたっかたしがえ答な口を物はれそは何であるかと殿様にめこう尋ねたこの世で一番美味しい聞を様が殿臣をいて家いた昔ある集ジデパート提供のラオパーソナル番組である学生の頃アパートの一室で某ていく上で水に次いで不可欠な物質き敵に塩を送ると生いう程塩は人が会教分富士稲須毛田英尋塩と水た断りいすまし結は構おに厳は等載転断無がすでことるさ下用利ごてしと考参の話お度見直してら寄稿したものですか再と氏野山長会教分下上を係関実事し粋抜をけだ分の柱床らかば部れげ上き磨気に掲載された拙文このエッセイは平成年号陽月きか誰は素酸のそはでだらられない中気空れそは酸生といなし取摂を素のうろだのるすを吸呼にめら何のたるのは呼吸がれおてき生中できるかもま呂とみ食いで終わるた一日飲風終わりの日一るなに話の水で所台世き顔を洗い行にいてる次はトイレなに話世の水らか間瞬たき起だらっっおるうが目てっ言といおるいてるかのまぶたが開くそだろうう目はれか時た間目をつぶっていにも拘わらずもなはでだ事るけ開をたぶまはれ何ぜそるあでつ一はえ答がだうそ来てっ返がえ答う違各人うろだ何事はま目が覚め人はず一番にする朝どよきで像想かるなに味なんうれがとる取ばこそあ醤油から塩分を寿りも美味しく頂けぎに醤油はの司るい刺なせ最えさ身もの見高徳の心陰姿ん込け溶に手相どな水もかししででのるなには主が分自なく脇役に役徹し張主己自役て立き引な切大も最てわ言は塩だいらくるばけかにじくめなかる盛に関玄かくまに俵土いぜ一塩だけが人歩きできるのはせいいなはくし味美でりかばいらか塩もてべだ塩え言はとういとたれ入をび食けと随分その家臣に詫かるなにののもかさう思とるおかえ答にがてさ来出まはのが事すいでる水より塩水ののがより重い物を浮か方とあた心の水と塩がのるすうのん真房に誉められなくもないながおして通り例ず常に低い心低女い頭でえばいつかきらの働く良れわ言と理きるがいる庭いというでと家水は男ら家庭も夫が先にかるあで次で起きは火で水はのく働に先に様るれ入に土をる水でこどまかてっ作を型ね立す浴槽に水をり薪をくべか湧張れ入教を水に先に鍋かうどかだん喜を事た濯でき洗ろだるいてっうで使を水何年でがだうそれらえは洗濯とを議なは平成なはでなくなかわかが物濯い異とかるしな洗う思といなけいいと反が省年う使を現表のスナイマかとるに気な天気が悪くかなるか下り坂の天と年そりなにとるれ崩が気天時雨はなう月で間世筈雨に不足心は起きなくなる日い思を恩大に水とう思でまここだらのか降りそそぐ雨なである即ち天第るためにき水はれそか要必が何はで巻るあでのなぱではその植物群成生が第いるのだろうか否それは植物の葉っ号が造ってが間いるのだろう人造ってま感をたじしの心関高さるすりと平和対にいたっあも人るれら来てて持ってっ作をりの飾り鶴折りたいら熱心に聞いてを質問しなが明説のフッタスおく多れ方ボまたしがランティらアたり個ていたりの外国のでれら来園内を歩いていると団体で来られにれてをいがけに廻りましたループてに分かグのつ後頂のそき八せら踊を首方角に向かってよろづよぢおにめ初ずまとく着にば現地のたし風でも和日いいしたがなのち持気くんひし少やまいてしで晴快は日のり前日まで雨が続いていましこがたたしまき頂てせから人髙屋分教会から人参加さ教大りあがけがいを会にたしと象対月を日広島記念公園で外国人倉稲分教会北川恵美子でのに園いがけ和公を平平和公園でのよろづよ八首たと思いますい頂てせさを験経い良でのるが広もて活動するしと視野対に方外海にの今回のようがてい頂てせかす動いまてい置を心にろことな近は段普身いように感じましたを祈っているからか宗教に抵抗がなは方の外海るいてれ訪を園公念平和今回初めての参加でしたが記和平たしまいさ下さりパンフレットも快受け取ってくてい聞てっ持を心関で顔笑くなと下こるえどの方も宗教のお構身に誘いたしまりぼのスェーデンなど全体でスヶ国にンラフルエラスイアリラトスーオギリスナダイスペインドイツカ今回を掛けさせて頂いた方は声こころの詩員部集かおさか次繁原上編紙写表真すめ求を陽のじ節一だた重幾郷島川分さ子敏取香ん佳詠の実真む歩道き無たな陽陰道じひげかつ香苗藤ん佐井芳さ分ずり合いたすゆ気陽つつい合けなる東悠分田林美智子さん秀詠月載転りよ柳道号誌気陽空便にて沖縄に送る航桃り花を祭の雛と岡山よりに岡ヶ松海分子池ん広さ田日付月報歌壇時な試歩のか杖暫音初てめ休ししばはつえつね備中塩利子さん飽分月日付時報俳壇報時理天略称敬すましたい載転でのたれさ載掲ましいてれ笠岡の教友が選ばうけど違んな困ってはみ立国本あいまいな日語だし教したきて出が涙と然自ま年りてるで次を姿いれ見く平スティーブの一生懸命に取成取れまりくで次しいたを年るスティーブがおさづけあたよめたのに僕うでくぼずっとい夜のでんこきせ年そたしでんせまれ眠然全月うな蚊は夜ていよるわも日悔しましたすにかかをとこく命ご後にザタれらて安に駆り立た来ニンア第並みや衛生面を見て不らか日初街巻しかしたたいつにアニザンタしま第いった本当に軽はずみな気持ちき行で号たのでいい経験にもなるぞとっなかという気持ちとが外国に行ったことの年行っていたで自分も行きたいなまらもした毎が親とう言に直正い間アフリカのタンザニアにいかせて月でま日月の日から約日タンザニ訪ア問記芳井分佐教会藤孝祐村の子供たちとたもに院児供ちが遊べるようなもの子かせにてもらいましたどちらの孤行回の海外布教ではつの孤児院今きた気がしましたのの教理天の他や方思いを理解で祖先の分自の時当のそがんせまれし体て幸せで感でしもかた言い過ぎきなか気づけなかったこの教えを実際にもなかにう本のでした日では気づこ教たっさだくてえ教とものそえ教の祖たこれは人を助けてわが身助かるしで分気たっか助でま分自てれくているは持なのにすごくて謝し感っずを気病い重なを取りんみたしまぎ次けづさおに人な次のんろ日からいなんだ気とづきましたじ同はち持気いたりやてっ救を人るいアマーニ孤子児供院たでちと時間を過ごするせまとのるじ感てめ改きでがとこだだけの病気があっても幸せに暮れらていなくてもっどもだけものれどを満いに自分らたいてきで足のに活生たみ人のアかしすまニザンタしいましてっいを満不足不にぐすといしほすぎてあれがれがほしいあこりが心だと思いました日本にはものの天はうのんたういでえ教の教理れこのらほうが幸せそうに見たしまえるいてのに何倍もつらい仕事をし彼で嫌しな顔をするてけと言われただたし日んせま本ならをい伝手人ででらそうな顔は全くしていもたつちをたた供くさんるい見か子けましした街を歩まと働いてんれくでく喜もてとでけだるあを飴くな少はげアルーシサャッ市カのー小ボ学ー校ルにを寄贈する元芳井の車と再会学語英米語学科回国外大外西部生藤孝祐君佐関教芳井男分会長長たきいていご過すしでを満にてもたず足満に今あるものしにもとこ不なんどでのう思とるなにいくごすい生こと活でも感謝できたらが出る水が飲めるこんなささいなじ前ゃありませんりした熱いお湯でた当ので前がタンザニアでは当たり見つめ直すことができました日本をのことができて自分の中じ教理天る感で肌をえ教の教理天たっらもえ教て分自たしていまるのだと実感しがれくてい導とへ向方い良にうよるきでし楽が間人めるように陽気ぐらしが思教のった教理えは僕たちこと天はてっらもてせか行にアニザンタ回今たし立胡教百弓三味線琴小鼓すがりね太鼓拍子木んんゃちぽ笛ておどをとつりめ地役割講扈祭方区分話者主八上今虫中佐谷森笹吉門田大上上大武岡門十一原年順川佐智明好村義太藤道内伸本忠尾正岡誠一脇郁中ます教会奥原繁原明教会長内清﨑真脇元三子子美郎孝自善治郎子み様道勇様明一教坐り勤上上岡大原明原﨑真教会長勇浩一様月谷武佐杉高山横中今岡森内三上門上渡上月内次美祭知内正藤香原博木昭田敏山逸村川昌﨑豊本冨美海安島原志脇元原繁邉隆原子美苗之祥教郎剛彦子子子渉郎教次夫浩前半指賛図方者祭典室三笹佐岡田今内森中横門山中上虫淺田割表役悦島照尾一藤真田林久川昌海史本忠村初山小智脇加野弘島誠原明明立野明中隆後半上渡森原邉本繁隆忠子美美孝誠嗣彦郎善美榮津実治勇生教之道夫善胡弓三味線琴小鼓りすがね太鼓拍子木ぽんゃちん笛をてつおどりとめ地役割方区分門内田虫田高中上武高上大上杉上山門大脇加海安中ます明立林久木昭島誠原志内清木孝原順教会奥原原博原明野弘脇元教会長津子み生嗣祥治郎明子子様浩之勇実教様前半田山谷岡中上佐三今吉岡武本丸福髙淺上中つか野な内美知﨑治村剛原繁藤真阪泰川昌岡八﨑和内正多正山正島大田一野明原明さつ子喜史次孝人彦恵美美悟人介弘教勇後半扈者山三野島弘祭主大教会長年一十八百教立実渉様指賛図方者佐虫武藤明内道立清祭霊季春祭表割典役孝生明次祭月三文月祭げすま助てっ合けるうよすまいさ下き導おく早も日一に中の世のしらぐ気陽さ下み望お上し申い願おでん慎に共と同一て万たすり賜を護守ごの由自も尚に上のけし増弥が人るめれ目に一列兄弟の理覚触に心親互万てれ忘を欲いにはに様神親卒何し指目をけ実しらぐ気て一杯にし陽精受まいさ下り取現たすけ一条に励む皆の誠真実の心をおてしと台の道しかい合わ誓を事くいせでい注を力に上成育すまいざごで存所く頂てので人一はに会総会人婦の念記回百第日九十き頂てせさ加参が員会のく多もの活を分徳の性女け向に祭年十四百祖教催すまき頂てせさ開を会総びなまめと又はに更き頂てせさ拝参てせわ合い誘はに祭生誕御教の日八十月四祖翌心を様ぎお礼を申霊祖に繋し上げる事が大切と教え導いて行きたいと思いますその一環として四月一日少年会おつ機を迎え期待と不安に胸を膨らませていま転の生人が人のく多等えすんな時こそ教会に足を運び親神様教祖こ進しすまいざごで存所く頂てせさ精丹うよつ育に材人るえ支を会教りた進学進級あに末度年又替置配職就に共とくいてし声とりかっしうけを掛ではなしけだぶ喜とたっか良てし加参に邁に条一けすたてしと足手の祖教おてさぢばで開催の後継者講習会たしまりなとみのす残を分催開次五十二とあもよるえ貰てし加参く多もで人一げます上する事をお誓い申し上げる皆の真実進状をご覧下さいまして邁に条の親神様にもお勇み下さいますようお願い申しすまきい集りみし楽を日の日今はに前御くじ同に寄し和唱を歌おに共相ぬらわ変も尚心にお縋りし親一助けに入一も心けすたと謝感び喜次月の月三てめとつをりどをてめとづり坐祭ん勇に気陽くる明を執り行わせてで頂は日吉の日今もに中なんそいざごで日祭御たい頂し許おりよばまおすのでぢ同一人ただ今からつとめ仕奉おに共とるげ上しを礼御て申助てっ依にけすたおけがいをにけ一条のご用上に努め励ませて頂いておりますのと理の天がのるくてのうのんたもに中なんど心じ感をで親心さやさしの通をめとつおの夕朝てっ願をじ報恩ごしりなにうるれらじ感よ心も体も軽くなっと思える事はた誠に有難く勿体ない極みでございます私共は常に成っい頂り通れ連てすおりまぎらもさ寒たっかし厳どほれあは今もで中和等く聞を声の花開桜や声の鶯に春を徐子と護守ごるれ溢心親う思を親神が様の我りよにき導おのとに難無は小に難小は難大難恙に構結は日なくお親神天理命の御前に王一理会長上原します上げ申でん慎のすまいさ下りま鎮おに床神の会大岡これ教笠会教大よりだなことだと小るこ起に常日すまい思やびこ切大はと喜るす現表を謝感稲倉大月勇樹修了者長会教分華地香武内清和照陽分教会長ヶ月目三中村道德長会神驛分教渡邉孝信山分教会長陶ヶ月目二上原繁次会教分山場天長仙田公男明分教会長興目月ヶ一吉岡郎誠一教養掛至教立月年日自教立年日月養期第九一科修二すてい頂てせ上し申い願おでん慎に共と同一を程のえ添力おうよるげらめ進がみ歩の条一けすたでん勇層一りよまれてしまいさ下覧ごを心のを護守御の由自の祖教様神親に上のけすた万賜り人助けでしか味わない喜びを感じさえはに方様霊祖卒何によるえ貰てし心安き頂でん喜にと親い慕を親う実真誠の皆む励に条一けすたに筋親孝心一すまいざごで存所し案思とらかれは成育の当本こ元の識認のとるま始成育で皆が繋のくいでい注を力ち持をい思に会教め始長会るすまい思といいうとで後旬の成育又事がたしまれさ催開が会習講者継て下さったえ与をけかっきの成育でばおぢすのでりま始もみ歩の年記念祭に向けてまた今年はその理き頂てせま励め努に上の用御の条一けすたくべすをり作なに目年二はみ歩の人成のてけ向り祭年十四百祖教てさに三百立創会教大加十周えて来年から立教百八の年四十まげ上し申願おうよすいえ在してしまいさ日の面影を偲び御り下覧ごを状の実真の皆るえ称を徳遺おもすに方様祖喜いさ下心安ごび霊ま上げし引き続御前に席をき移し祖霊様にも改めてお礼申し上げたいと存じます御前には海川山野の多米津物を供で柄日う行り執を祭ざ神いますのでただて今はてに前御の親のその中でも本日はご霊様申を礼おてめ勤をりどを春を慕いが助に実真そこひかなる道とおたすと陰おたれま込せ伏を実真にけたすまりおてげ上し申を礼御に夕朝はのすまいてい頂せ見おを姿がすまいざごで賜のき導お護守ごの祖教様神親にえとひ教が方様霊祖はにつ一祖又真に上の条一けすたにままのえ教をとるか助身が我てけ助人てしそ実伏せ込まれましたの今日の笠岡の結構な祖教様神親おに方様霊祖は見定めによりそれぞれに旬を得てこの道お引き寄せ頂かれのに来いんねんの自覚以長上原理一慎で申し上げまんすっさ下でん歩を道の労苦難艱の条一け役員たす部内教会長教人よ霊神の者信くぼふに前の霊神の諸会霊三代会長上原繁雄大人くにゑ自の神霊刀四代長上原郁雄大人朝子刀自せい子刀自の神霊会歴代会長と共にた霊大霊神の大教会創設自刀重八人吉佐の原上祖霊神の自刀とさ原上長会代初神の自刀光人大助伊原上長会代二これのの祖霊殿にお鎮まり下さいます本席様の神霊霊神の様奥にび並様初代真柱柱真の二代様神春季霊祭祭文はたけいすで頃のこ日今う思とらて謝のしご過うよるきで現表をち持気感やび喜に然自毎で中の活生の日うかこるがとょしえでいなはでとこな事大伝素直び喜に直素れ入受をえ与にをうょしで要必が心な直素はにれそょしでるきでがとこる送うを日いし楽でとこすご過を間時じ同てっ合け助うょしでるれらじ感を合うことで信頼が生まれ共に喜めび認っ合しま励がい互おすまりあがて会出の山沢たまに事仕や校学すいータス月ト月の目節な色は四ですまい思とるれなに気元がい互おらた張けかを声に方るれらお周りでて頑っるつ道進もでむからです言葉一へす故ならお互いが共にたすか何まい思とだ葉言いいもてとすでき好たすけあいという言葉が私は大しますがなう気よるれなに会き向話でま心み弾も前場でけだるいが方のそ盛り上がりが心してしまいますと感う会に方うな少のよでのいながとを表に出すこそ思います楽哀い怒喜り私まあはとしら晴素表はとこるきでがとこをす動ちさな出来事にも感し感謝の気持