かさおか 『かさおか』第50巻 第2号
竹花秀初代の心にかえり信仰の喜びを深めよう伝えよう広げよう一持ち場立場で日理作り一家族揃って教会参拝一一日一件にをいがけ立教年年頭会議勇んで外に向っての歩みを大教会長様あいさつ立教年大教会年頭会議は月日午後時から大教会神殿で行われ役員部内教会長布教所長らが参集したまず月日本部会議所における真柱様の年頭あいさつを拝聴引き続き大教会長様は大教会創立周年記念祭に向かう三年千日活動仕上げの本年私たちの日の通り方の心構えを話されたその後講堂で会食がもたれたあいさつの要旨は次の通り本年は仕上げの年昨年は大教会創立百二十周年に向かう三年千日と仕切っての二年目として家族揃って教会参拝に重きをおいて成人の歩みを進めた一年でしたお陰で別席ひのきしん団参また笠岡一手一つ大会にも本当に大勢の方が参加して共に家族揃ってという姿を実現できた一年ではなかったかと思います笠岡一手一つ大会では千三百人を越える方が集まり子どもさんもおつとめ衣を着て親子共のおつとめの姿をご覧いただき昨年一年間の歩みを親神様教祖祖霊様にご覧いただけたと思いますいよいよ本年は大教会創立百二十周年の年三年千日と仕切っての仕上げの年ですこころ広げようの意実践項目が三つありますが三つとももちろん三年間かけてつとめていることですが一年目は日の理作り一人ひとりが理作りを二年目は家族揃っての理作りと同時に信仰の喜びを分かち合うということに重きをおいてつとめましたそして今度は一日一件にをいがけ一人ひとりの喜びを外に向かって広げようというのが本年仕上げの年の活動の芯ですスローガンの最後を広げようという言葉にしていますが実はこの三つ目の言葉最初は広めようにしようかという案もありました正式な言葉の意味合いではないと思いますが私自身が感じる言葉のニュアンスが若干違うと感じ広げようにしました広めようというと一つの事柄を多くの人に広めることになりますがどうもこの言葉大教会本年心定め初席者数人人よふぼく数人人修養科修了者数人人教人登録者数人人括弧内は昨年の実績記念祭までに心定めを完遂するようつとめさせて頂きましょう上原明勇様代会長後継者に去る月日の大教会役員直轄教会長会議の席上大教会長様より長男明勇様が代会長後継者になられる旨が発表された明勇様は昨年月日付で本部青年に登用されているどうしても自分が通っていなくてもただ親神様教祖の思召親心をもっと狭めると教理を人さんにお話しすればこれはまあ広めることになってきましょうかところが今回の場合飽くまで自分に信仰の喜びをということを考えれば教理以前の問題として自分自身の信仰の喜びを伝え広めるとなると自分自身が発信源となって自分の喜び感謝の気持ちを伝えていくことを意味するのは広げようという表現の方がその意味をより理解しやすくはないだろうか教理を取り次ぐだけなら広めようでいいのでしょうが今回の歩みは教理が云というよりも教理を先ず自分自身の中で深めそしてそれを喜びとして味わったその気持ちを一人でも多くの人に伝えていくという意味合いの方が強いことから考えて広めるよりも広げるという言葉にしたということです先ずそこのところをしっかり心に置いていただきたい広げるための心構え心持ちの部分だけかも知れま本年の活動指針を発表される大教会長様せんが一日一件にをいがけは今までのにをいがけとはちょっと違っていますそこには自分の喜び感謝の気持ちを伝えていくという思いを先ず持つ先ず自分の喜びをどう伝えていくかその上でどう教理が関係してくるかに繋がるのでもちろん教理も大切なことですが教理そのものよりも信仰の喜びを伝え広げていくという思いを強くするパンフレットを持ってにをいがけおたすけするのも教えがこうだからしなくてはならないのではなくて親神様のご守護に対する喜び感謝の気持ちがあるからこそするということであり一番大切なのは心なのですむしろさせていただきたいさせていただくという自分自身の信仰から発展していくところのにをいがけおたすけということが一日一件にをいがけに込められた今年一年の思いであってほしいまたそうでなければならないということを申し上げたい一日一件にをいがけとは何か一日一件にをいがけですから当然外に向かってつとめますパンフレットを持って知らない人のところに行くことも含まれますができる人もいればできない人もいるできやすい人もいればできにくい人もいるでも一人でも多くの人に一日一件にをいがけはしてほしい外に向かって喜びを伝えていってほしいそれでは自分にできる一日一件にをいがけは何かパンフレットを持ってできないのならできるにをいがけは何か外に向かって喜びを広げていく手立ては何かと考えてみましょうそれではひのきしん喜びをひのきしんの態度に現わしたいそう思う上から自分の家の回りだけではなくせめて近所の掃除のひのきしんをするというようなことも一日一件にをいがけになるのではないかなかなかそれもしにくいというなら一日一回それこそ知り合いでも結構ですし行き交う人とでも結構ですおはようございます今日もいい天気ですね結構ですね有難いですね仕事元気で頑張ってくださいという日常の会話の中で有難い結構という喜びの言葉感謝の言葉を添えて会話をすることも一つには喜びを広げることになりはしないでしょうかだから自分ができる喜びを広げていくことを外に向かってとにかく一日一回やることが一日一件にをいがけだと先ず心においていただきたいもちろん今日お集まりの方は教会長さん奥さんそして布教所長さんですからそういう立場の人がおはようございます結構ですねだけではそれはなかなかそういうわけにはいきませんからもちろんパンフレットも持って率先してにをいがけおたすけにも歩んでいただきたい一日一件にをいがけの心構えただそのあり方は少なくとも常に信仰の喜び感謝の気持ちを持ってそしてその喜び感謝の気持ちを伝えにいくという思いをにをいがけおたすけの根本に持ってつとめたいしなければならないからではなくせずにはおれないという思いそこまで思い切るのは難しいとしてもその思いを持たせてもらおうという思いでも構いませんよしにをいがけに出よう何とか今日どんな形でも一軒廻ろうとパンフレットを持ってそのつもりで出てなかなかピンポンできなくてもすれ違う人にいい天気ですね有難いですねと言えたならパンフレットを渡していなくてもその思いは渡したことにならないでしょうか会社づとめをしている一般の一よふぼくなら会社に行ったときにおはようございますとあいさつを交わすでしょう普段ならそれに加えて今日も元気で頑張りましょうぐらいはあいさつされると思いますがそれに加えて今日もいい天気ですね結構ですね嬉しいですね今日も一緒に頑張りましょうこれぐらいは信者さんでもできるのではないでしょうかひのきしんもただそれだけではなく例えば有難い嬉しいと独り言のように走りながらでもしたなら通りすがりの人がそれを耳にするかも知れませんえらいおかしな人がけげんおるもんやなと怪訝な顔をして通り過ぎる人が多いかも知れないでもそういう形ででも有難い嬉しい結構という言葉少なくてもそれらを一言聞いてもらっただけでもそれも一日一件にをいがけに繋がるのではないかそういうこともすべて含めて何かしら外に向かって喜びを現わしていく出していくそれを今年一年通り切らせていただきたい三年千日の結実は何かそれではそのことによってどれだけにをいがかかるのか喜びが伝わるのかはっきり言ったら殆ど効果がないと言っても言い過ぎではないかも知れませんでも大事なことは伝わったからいい伝わらないからダメという問題ではなくせっかく信仰しているこの一つひとつの喜びをただ自分のものだけにせずに少しでも人の耳に届ける人の目に届ける何でもいいから外に向かってすること自体だと思いますそしてそれが大きな理作りとなり自分自身の励みにもなってその理でもって今度は教祖百三十年祭に向かってより大きな歩みに繋げることもできるしそのことによって正しくおつとめ奉仕人という一つの結果もお見せいただく大きな理作りにもなるのではないかだから百二十周年で理作りをした結果を出すということではなく飽くまで百三十年祭に向かう理作りの一環としての百二十周年の歩みだと改めて心においていただきたい喜びに満ち溢れた記念祭を目指してそして今年一年は笠岡に繋がるよふぼく信者の端に至るまでどんな形でもいいからとにかく一日一回必ず外に向かって出てもらうようにご丹精をお願いしたい皆さん方が自ら通ることはもちろんさることながらよふぼく信者の丹精もしていただきたいさあではパンフレット持ってやりなさいと言えば難しいと思うのでせめて日の会話の中でもいいから喜び感謝の気持ちを発するぐらいできるだろう笠岡に繋がるみんながどんな形でもいいから外に向かって発信することができたならばこれは親神様教祖によくつとめてくれたいい百二十周年だと大変お喜びいただける記念祭を迎えることができるのではないでしょうかこの三年千日の歩み仕上げの年日の理作りに励みながら今度は家族共の理作りに繋げそして少しでも外に向かっての歩みができる今年一年にさせていただきたいどうぞ皆さん方今年一年何でもどうでもと勇んでおつとめいただきたい記念祭までに心定めの完遂をそれを実際にやっていく上で本年のそれぞれの教会の心定めに関しては記念祭までに完遂しようと申し合わせをさせていただきます本来なら十二月末日までですが今年はもっと勇みを付けようということで一ヶ月前倒しにして記念祭までにそれぞれの教会の心定めを完遂できるようにしたいその一つの材料としては先ず一を目指したい初席者も一から始めないと当然五も十もできません最初から十ではなく先ず一から始めよう修養科生もいっぺんに三人も四人もではなく先ず一人それを目指すために日の一をそれぞれで付けたらいいのではないかなと思います外に向かって第一歩今日は歩めた二日目今日も一歩歩めたそれもいいのではないでしょうか心定めの数字には現われない部分例えば中席者一名おぢばがえりしてもらうことができたおぢばがえり別席に関係なくても一人おぢばに帰っていただけた学生生徒修養会一人出てもらった食堂ひのきしん一人出てもらった何でもいい今年は一にこだわり日一を積み重ねることによって心定めを完遂できるそんな思いがいたします一の表を付けて勇みの種にしようそれでその一を自分で表にしてそれぞれの励みにされたらいいのではないでしょうか心定め以外の数字に関しても大教会の方で表にしてそれぞれの教会にお渡ししますのでそれを毎月付けて祭典報告書に添えて提出していただければありがたい飽くまで心定めを完遂する上での一つの励みとして先ず自分で今日一つできた今日一つできたという励みとしてそういうものを活用していただければありがたいそれぞれの教会の数の報告書は一応お渡しします出せるところは出してくださいそれが苦になると勇みに繋がらなくなりますから強制はしません祭典報告書は必ず出してくださいでもそれがよし勇みとさせてもらおうというところは祭典報告書に合わせてその数字の報告書も出していただければありがたいと思うところです報告が面倒くさいと思われるところは出さなくて結構ですでもそういうもの一つひとつが励みになってくれればありがたいそんな思いもいたしますよふぼく信者さん方も何かしらさせていただいたら一つ何かさせていただいたら一つそんなものも一つの励みとして持っていただいて自分でそういう表作りをしていただくのもいいかとも思いますとにかく勇んで勇んでつとめよう後はもう細かいところはそれぞれでお任せするとして一応そういう形で本年一年外に向かって何かどんな形でも歩ませていただく毎日少しでもさせていただく一年にさせていただきたいどうぞ今年一年とにかく勇んで勇んでつとめさせていただいて本当に信仰の喜びに満ち溢れた記念祭を迎えさせていただきましょう以上要約立教年春季大祭実践項目に込められた思いの消化と実行を立教年大教会春季大祭は月日大教会長様祭主のもと役員部内教会長布教所長よふぼく信者ら多数の参拝のもと執り行われた大教会長様は神殿講話で春季大祭の元一日から話を起こされ春の大祭と創立百二十周年成人の歩みの関わりについてと題して広げように込められた思いと仕上げの年の歩み方について前日の年頭会議に続き話された要旨は次の通り教祖が御身をお隠しなされた意味春の大祭の意味は私たち一人ひとりの成人の歩みを急き込む上から教祖が御身をお隠しなされたとお聞かせいただきます当時の方はおつとめの大切さは分かっていながらいろんな事情からなかなかつとめることができなかった何としてでもしておつとめをつとめてもらいたいが現身を以てたすけ一条の先頭に立っておられるとどうしても一人ひとりの自発的な成人の歩みが進みにくいそんな思いがあったのでしょうか御身をお隠しなされた後本席様を通しておさづけを一人でも多くの人に渡したいとの思いをお聞かせいただきましたつまり御身をお隠しなされたのはつとめの急き込みと同時にさづけを渡すということに大きな意味があったとお聞かせいただくのですつとめとさづけを急き込まれた訳教祖が御身をお隠しなされる直前の様子を教祖伝から拝読したいと思います二月十七日夜陰暦正月二十五日夜今にして思い返せば教祖が現身を以てこの世に現われて居られた最後の夜であるがこの夜教祖のお身上宜しからず飯降伊蔵を通して伺うた処さあくすっきりろくぢに踏み均らすでさあく扉を開いてく一列ろくぢさあろくぢに踏み出すさあく扉を開いて地を均らそうか扉を閉まりて地を均らそうかくとのお言葉である人間は親神の目から御覧になれば皆一列に兄弟姉妹である魂の理から言うならば些かも高低上下の差別はないろっくの立場一列兄弟の立場に於いて総ての人が語り合う処にこそ陽気ぐらしの世界への門出がある即ち人の心をろっくの地にしようと思うがさて扉を開いて地を均そうか扉を閉めて地を均そうかと問われた第十章扉ひらいてとありますろっくとはそれぞれの与えられた立場などに一切かかわらず人間は一列兄弟として平等だということその一列兄弟が語り合いたすけ合うところに陽気ぐらしの世界への門出つまり陽気ぐらしに向かう入口があるすなわち一列兄弟として平等にたすけ上げていくことがろくぢに均すことになるわけで大祭の意義仕上げの年の歩みを話されたすつまりつとめを急き込み御身を隠してさづけを渡されたのはろくぢに均すためだったということお互いにここに思案をいたさねばならないと思うのですつとめを急き込まれたからつとめをするおさづけをくださったからおさづけを取り次ぐこれも大きな御用ですが身上者におさづけを取り次ぐだけではなくろくぢに踏み均すということも合わせて思案することが大切だろうと思います例えばおさづけをお取り次ぎする前の一言はなし話一条ということを考れてみればここにろくぢに踏み均すという意味合いが込められていると言えるのではないかと思いますそうしたときに一列兄弟の立場に於いて総ての人が語り合う処にこそ陽気ぐらしの世界への門出があると仰るように私たちの使命は正しく今つとめとさづけを通していかに人に語りかけるかということそうすることでろくぢに踏み均す陽気ぐらしに向かう門出に立つことができるのだろうと思います信仰者らしい立ち振る舞いや言葉遣いさあこれを思案したときにではお道の人は世間に対して何を語り合うのか世間話をするだけなら別によふぼくでなくてもできますからよふぼくとしての語り合いということになれば日の会話の中にこそよふぼくらしい言葉教祖の名代としての喜び感謝の言葉というものが込められて当然ですにをいがけするときについ私たちは神様の御用だからといって神様のお言葉をお取り次ぎしなければならないと構えてはいないか神様のお言葉をお取り次ぎすることを余りにも意識しすぎてしまってはいないかしかし肝心なことは日の生活の中での何とも言えない信仰者らしい立ち振る舞いや言葉遣いであってそういうものがより人にはむしろ受け入れ易い一緒に仕事しながらでもあの人とやってると何かしら楽しいあの人といると何か心が豊かになる別に特別なことをしているわけではなくてもあの人の言葉遣いから何かしら温かさを感じる何か安らぎを感じる安らぎを与えられるよふぼくに今多くの人は安らぎを求めるためにあるいは休日に旅行温泉に行くために仕事をしているようなものですそれが悪いとは思いませんが本来は余所に求めなくても身近な日の生活の中に心の安らぎはあるはずだと思います余所にストレス発散や安らぎを求めれば求めるほど余計に今の生活はストレスが溜まってしまうのであってむしろ本当は身近なところにそういう安らぎが見出せるならばこれほどありがたいことはないのです私たちよふぼく一人ひとりがそういう安らぎを与えられる人になれたら正しくこれは私だけではなく周りの人も共に陽気ぐらしに向かう一つの道筋を創り上げることができるのではないかと思います自分自身の信仰の喜びということそこで改めて百二十周年に向かうこの三年千日の歩みを思案していただきたい初代の心にかえり信仰の喜びを深め伝え広げようと申しています別席者を作ろうとか初席者を出そうとか修養科生を出そうとかこの百二十周年に向かっての歩みは何もそういうことを求めているわけではありません教会ごとの心定めについてはもちろんしっかりしなければならないとは思いますがむしろ教祖百三十年祭に向かう大きな歩みに繋げるための基礎作り体力作り大きく飛躍するための伏せ込みの三年間なのですその伏せ込みは何かと言えば正しく喜び喜び喜び自分自身が信仰の喜びを深め自分自身が信仰の喜びを家族に伝えそして自分自身が信仰の喜びを広げていこうということです三年目になって初めて申しますが深めよう伝えよう広げようの広げようについては広めようにしようかという案もありましたが敢えて広げようにしたのには一つの思いがありました広めるという言葉は私でなくともあるいは単に親神様教祖の思召をお取り次ぎするだけでも広めることにならないかつまり私が別に信仰の喜び感謝の気持ちを持っていなくても教祖がこう仰った親神様はこういう思召を伝えるだけでこれは広めようにできるでしょうでも私が自らの信仰の喜びを人に伝えていくということを明確にするにはやはり広げようの方が伝わりやすくはないかという思いですだからスローガンの言葉一つひとつにも大きな意味があることを改めて知っていただきたい一日一件にをいがけとはそこで今年はその広げようの行ないをしっかりとつとめ切ろうそしてそれが一日一件にをいがけですにをいがけというとまたパンフレット持って歩かなあかんのかと思うかも知れませんがそうではありませんもちろんそれなりの立場の人はそれなりのこと正しくパンフレットを持ってあるいは身上者のところへしっかりとおたすけに行きつとめなくてはいけませんがでも誰も彼もができるわけではありませんそれでは誰でもできる一日一件にをいがけをとにかくさせてもらおうではないかそれは何かと言えば喜び感謝の言葉をただ発すること外に向かって発することです有難いですね結構ですね嬉しいですねそういう喜びの言葉を一人でも多くの人に声掛けをすることです例えば会社に行くおはようございます今日も一日頑張りましょうぐらいの会話は誰でもすると思いますがせっかくですからおはようございます今日もいい天気ですね有難いですね嬉しいですね今日もこうやって身体も元気ですね有難いですねさあ一緒に頑張りましょうこれで有難いですね嬉しいですねの声掛けができました仕事が終わり今日も元気で働けた嬉しかった結構やったでは先に失礼しますそれだけでは申し訳ないもう少し何かしようというならではひのきしんをしよう毎日近所を掃除しようただ掃除するだけそれだけでも喜びを伝えることになるかも知れませんせっかくですから有難いな嬉しいなと独り言のようにでも言いながら掃き掃除していると通る人がそれを聞いて何か怖い人やなおかしな人がおるなと思われるかも知れないでも有難いな嬉しいなという言葉をひょっと耳にしたらそれだけでも伝えることになりはしないですか日の会話の中でありがたい結構と喜びの言葉を掛けていく日の行ないの中でありがたい結構という態度を現わしまたそれを声掛けに繋げていくその一つひとつ誰でもできると思います一日一件にをいがけ特に難しいことをせよと言うのではないのですよふぼくとしてできる一日一件にをいがけを今年一年一生懸命やっていきましょうそれを申し上げているのですどうでしょうか広げるということそのためには自分自身が今まで培ってきた日の喜び感謝日の理作りはしっかりと続けなくてはいけないし子どもにもしっかりと声を掛けていかなくてはいけない子どもだけではなく今度は親族にも声を掛けていかなくてはいけないそして全く知らない人にもあるいは日の生活の中で付き合いのある人に言葉を掛けていくその一つひとつを毎日しっかりすることによってより大きな喜び感謝というものが自分を通して世の中に広がっていくことができたならまた単なるあいさつの中にも嬉しいなといって心が安まるようなものを感じていただけたなら大きな理作りたすけになり正しくろくぢに踏み均す入口に立つことができるのではないでしょうか改めて思案していただきたい喜びの連鎖を起こす発信源になろう初代の心にかえり信仰の喜びを深めよう信仰の喜びを伝えよう信仰の喜びを広げようであります喜びの心を一日一件にをいがけさせていただく一年としたいそして一人でも多くの人に声掛けする中に記念祭にも参拝してもらうまた教会にも来ていただく人ができればまた親神様教祖はお喜びですそうやって喜びの声を掛けるだけでも親神様教祖はお喜びでございますそうして一人でも多くの人が寄ってくるということになればまた喜んでくださる喜んでいただければまた喜びの理を頂戴させていただく今世の中は逆のことばっかりやっています口を開けば不足ばかり愚痴ばかり政治の悪口教育の愚痴人の悪口悪口悪口は悪口しか招きませんから回り回って結局は自分自身が苦しまなければならなくなってしまいます世の中の悪循環はより悪循環へと回ってしまいますしかしながら一人ひとりの喜びの心は喜びの心を広げていきそしていずれまた喜びの心として我が身に返ってくる喜びの連鎖があるのですその一番肝心要の喜びの発信源に私たちはならせていただくこれが今一番大事な私たちの使命ではないでしょうか世相から見えること今世の中で孤独死が問題になっています人との関わりを断ちまた親子の関わりをも断って独りで生活していく子どもに迷惑を掛けたくないのが親心と言えばそうかも知れませんが私に言わせればそれは間違った親心でしょうね子どもに迷惑を掛けるのも親心です人間は少なくとも独りでは生きていけないし独りでは陽気ぐらしができないように造られています人間創造元の理のお話を思い起こせばお解りかと思います男と女をお造りになりました夫婦をお造りになられましたそして八千八度の生まれ替わりによって人間が生まれてきた男と女が生まれてきた男だけでもないし女だけでもありません少なくとも夫婦としてたすけ合って人間は陽気ぐらしできるという御教えでもあるのではないでしょうか今離婚流行りの世情ではありますが改めて夫婦ということの大切さも思案しなくてはいけないと思いますただ夫婦だけではなく親子もそして回りの人とも人間は少なくともたすけ合って生きて初めて陽気ぐらしができるように造られているということは少なからずそのことから考えても理解できると思いますところが今の世の中の人は人との関わりを断って独りの方が楽だから自由気ままに生きられるから独りになりたいといって独りになりたがる人がいるしかしそうすればするほど余計にいろんな事件事故が巻き起こって増えてきているのも確かです独りになりたがることによって独りを目指せば目指すほど陽気ぐらしからは遠退いてしまう現実があるということです語り合いはたすけ合いの第一歩だからこそ今私たちは一人でも多くの人に声を掛けることが大切だということですお互い人間同士がたすけ合うその第一歩は語り合いではないでしょうか総ての人が語り合う処にこそ陽気ぐらしの世界への門出がある正しくそこに尽きると思いますとするならば私たちよふぼく一人ひとりが日の生活の中での喜び感謝の気持ちを語り伝えていくことが一番大切で今求められている御用だろうと思いますどうぞ一人でも多くの方がこのスローガンそして実践項目に込められた思いをしっかりと消化し今年一年しっかりと実践に掛かっていただきたいと思うところですパンフレットを持ってにをいがけに出るときも単に神様のお言葉を取り次ぐのではなくて喜びもしっかりと添えてにをいがけおたすけにと励ませていただく一年にしたいと思いますどうぞ勇んでつとめさせていただき悔いのない一年本当に満足のいく一年にさせていただきましょう以上要約参加者全員による十二下り総立ちてをどりまなびお帰り講話実施月日詰所布教部中村剛部長は月日午後時から約時間半詰所修練場で田浦道則先生湖東大河田原分教会長を講師に迎えお帰り講話を実施宿泊者など約人が参加した布教部先生は真柱様は継承奉告祭の諭達の中で現在社会問題になっている家族団欒親子の絆の希薄を指摘されていると前置きされ暮らしは豊かになったが心は貧しくなっている子どもの育つ環境の中で手本となるのが夫婦の円満とそれぞれの役割の重要性また親が親孝行する姿を子どもに見せることが大切と自らの布教体験を通して話されたそして親神様から人類にとって一番大きな夢陽気ぐらし実現を託されているお互いよふぼくは誇りをもって勇む心喜ぶ心を常に心の糧として成人の歩みを進めていこうと結ばれ最後に自身で作られ生涯の誓いと心にゆめゆめ定められた夢努勇喜という言葉を参加者にお土産として下された文字を題材に講話される田浦先生信仰心を次代に伝えよう創立周年委員部長の集い婦人会笠岡支部上原きよの支部長は月日大教会で同支部創立周年委員部長の集いを開催名が参加した昨年月日本部婦人会創立周年を盛大につとめ終えた後本会から全支部で委員部長講婦人会習会開催という活動方針が打ち出されこれを受け笠岡支部も本年創立周年を迎える上からこれまでの同支部の年を振り返ると共に先人の歩みを学ばせて頂こうと講習会集いを兼ねて行われたものまず神殿で参加者全員が十二下り総立ち手おどりをつとめたこの後会場を講堂に移し上原きよの同支部長は創立の元一日である初代上原さと様より現在代に至る迄年続くことの大切さつなげることの有難さまた百という字は白紙に戻り一より始めるをいうことから今一度それぞれの信仰の元一日を振り返り年つないで下さった先輩方に喜んで頂くにはまず自分自身の信仰の見返しが大切であり自身の信仰心をしっかり固めて次代に伝えてもらいたいと挨拶午後からは上原順子陶山猪原ひとみ門司港の両委員部長が委員部の活動を通しての感話を行ったその後参加者を班人制に分け支部長挨拶を聞いての感想本会の活動方針の再確認などについてねり合われ笠岡につながる全委員部長がまず足並みを揃え少しでも前進させて頂こうと誓い合い閉会した雅楽勉強会雅鶯会各教会の月次祭に雅楽を奏でようと対内き象容ところ講師参加費申し込み月日土初心者初級者少年会員一般初心者は雅楽の基礎から勉強をまた初級者は平調の越殿楽が合奏できるよう勉強します大教会大教会雅楽奉仕者円月日までに大教会に申し込み楽器は各自持参ですが都合がつかない人はご相談に応じます春の学生おぢばがえりと内き容月日月午前時式典真柱様のお言葉午前時直属アワー別席夕づとめ後後夜祭笠岡大では今回初めて模擬店ひるぜん風焼そばを出店します鼓笛講習会日時参加お供月日時半受付午後時開講月日午前時まで円とお米号縦の伝道といえば鼓笛歴史ある鼓笛隊で少年会のリーダーを育てましょう隊員係員大募集おぢばで大教会でさあひのきしん青年会笠岡分会では大教会創立周年を迎える今年おぢばで大教会でさあひのきしんをテーマに掲げています具体的にはおやさとふしん青年会ひのきしん隊名での入隊と創立周年青年会毎月ひのきしんを柱に活動を展開しています月日日には第回目となる月の創立周年青年会毎月ひのきしん以下毎月ひのきしんを実施し客殿庭への砂利入れと参道周辺の清掃を行いましたこの日は朝より冷え込みがきつく時折粉雪が舞う中でしたが教会家族ぐるみで足を運んだ人の参加者は寒さも厭わずひのきしんに励みましたこの毎月ひのきしんでは記念祭を迎えるにあたり手入れ整備が必要な箇所を中心に作業をする事となっておりますどなたでも参加可能ですので真柱様お入り込みに向けてヶ所でも回でも多くひのきしんに携わっていただき共に感動の月日を迎えましょう青年会尚毎月ひのきしんに参加して頂いた方先着名に帽子をプレゼントしております色の中から好きな色をどうぞ全ての実施日が日曜日ですので教会家族ぐるみでご参加よろしくお願いいたします実施日等詳細につきましては各教会配布のポスター又は月号に記載しております青年会笠岡分会委員長上原繁次粉雪が舞う中ひのきしんに励む参加者委員直轄委員部長研修会開催婦人会笠岡支部上原きよの支部長は月日大教会で同支部委員直轄委員部長を対象に本年の初例会を兼ねた研修会を開催人が参加した開催にあたり上原きよの同支部長は今年の婦人会活動の要は委員部長の成人でありそのために支部婦人会の創立の日を始めとして委員部長講習会また支部長と委員の懇談そして委員部での集い例会をさせて頂きたい親の心と人間の心には隔りはあるけれども教祖が先頭に立って御存命同様にお働き下されるその結果として今日の親の心に近づく道の姿にまで導かれた出来ても出来なくてもまず素直になる心をもち親にもたれて精一杯つとめる心を定めて通らせて頂こうと婦人会勇んで神名流しを笠岡駅班大門駅班話されまた同研修会で行う神名流しについては教祖にお出まし頂き共にお歩き下さる様お願いをして今年一年の笠岡支部の動きの上に繋がれば有難いと挨拶神名流しは笠岡駅から旭ヶ丘団地までと大門駅から大教会までのコースそれぞれ名に分かれのぼりを立て拍子木の音に合わせてみかぐらうたを唱和し行った参加者の人はのぼりを先頭に拍子木を打ちながらの神名流しに大いに勇みましたと話していた昼食は鍋パーティーで親睦を深め今年一年の奮起を誓い閉講したおつとめまなび総会と内き容参加お供役割月日金午前祭儀式おつとめまなび午後模擬店ゲーム各教会千円坐りづとめよろづよ八首直轄教会下り目高屋ブロック下り目西ブロック府中市ブロック下り目上下ブロック下り目島根ブロック下り目東ブロック下り目福山ブロック教会おとまり会などで練習した成果を親神様教祖にご覧いただきます教会おとまり会の報告錦ヶ原隊実施日参加者数プログラム所感平成年月日日少年会員人幼人育成会員人合計人日土集合参拝お話しカレー食の準備参加者おつとめの練習掃除ひのきしん夕づとめ夕食カレー食紙芝居お道の歌自由時間入浴消灯就寝日日起床朝づとめ朝食おにぎりみんなで作る浦安公園時間昼食の準備ハンバーグ作り昼食ハンバーグ定食掃除ひのきしん解散このたびのおとまり会へ参加してくれた子供達は今年のこども団参へ参加してくれた玉島の子が多くスムースにおとまり会が出来たと喜んでおりますまた日間の食事も子供達が中心となり作りみんなで和気あいあいと頂きました夜の行事では上級の教会で借用した紙芝居を子供達が交替で行ない大変好評でしたまた日目は近くの浦安公園へ移動楽しく時を過しました次回は夏休みの期間に実施するとの約束をして名残惜しむ中解散致しました東悠隊実施日参加者数プログラム所感平成年月日平成年月日少年会員人育成会員人合計人教会大掃除ひのきしん及び元旦祭準備手伝い元旦祭参拝大掃除ひのきしんでは近隣のゴミ拾いも実施した鳴り物を練習して朝夕のおつとめもつとめた立教年定期巡教表教会名巡教月日巡教員教会名巡教月日巡教員教会名巡教月日巡教員廣町月日佐藤道孝香地華月日大教会長様品治月日岡﨑真一福廣月日森本忠平真金月日森本忠平久福月日岡﨑和夫福勇月日谷内伸自仲條月日中島誠治久津月日吉岡壽福芦月日上原繁道稲倉月日中村剛呉福月日田中一之福満月日岡﨑真一稲瀬月日森本忠平鶴南月日上原繁道福岩月日大教会長様稲富士月日中村邦義鶴眞月日佐藤道孝西村月日大教会長様稲讃月日谷内伸自川島郷月日大教会奥様福年月日佐藤道孝門司港月日田中一之鴨方月日岡﨑真一引野月日笹尾正治大惠山月日吉岡壽作備月日田中一之福昭月日大教会長様東水島月日森本忠平輝華月日大教会奥様福春月日吉岡壽髙児島月日笹尾正治錦ヶ原月日田中一之福中月日吉岡壽出雲月日岡﨑和夫行縢月日田中一之福冨士月日大教会奥様瑞雲月日中村剛眞府月日中島誠治福東月日岡本久善海潮川月日中村剛吉舎月日岡本久善東福山月日上原繁道錦洋月日大教会長様清嶽月日吉岡壽福南月日大教会奥様米府月日大教会長様上小畠月日岡﨑真一福順月日佐藤道孝弓ヶ濱月日中村邦義木津和月日中村邦義福節月日中島誠治西伯月日中村邦義國須月日岡本久善福備月日岡﨑和夫米美月日大教会奥様上吉野月日上原繁道福輝月日佐藤道孝伯仙月日中村邦義上備月日佐藤道孝坪生月日中島誠治照雲月日大教会奥様河佐月日大教会長様八尋月日中島誠治松都月日中村剛上川邉月日上原繁道深安月日森本忠平樺島月日谷内伸自甲井月日岡﨑和夫笠尋月日大教会長様新輝豊月日大教会奥様上父月日岡﨑和夫芦品月日岡本久善亀田山月日笹尾正治阿木行月日岡本久善安那月日岡﨑真一出雲川津月日岡﨑和夫宇津戸月日上原繁道芦田川月日中村剛天場山月日谷内伸自河面月日笹尾正治三郡月日中村邦義簸ノ川月日谷内伸自府鮮月日吉岡壽芦常月日岡﨑真一多古浦月日笹尾正治府世原月日佐藤道孝芦加茂月日上原繁道瑞北月日谷内伸自神驛月日森本忠平惠陽月日中村剛雲東月日谷内伸自神免月日上原繁道陽實月日岡本久善呉中月日佐藤道孝葦沼月日田中一之御野月日吉岡壽大江橋月日岡本久善教会別人づくり一覧表名称初授修講前講後名称初授修講前講後名称初授修講前講後笠岡福春福山福中髙屋福冨士神邊福東島根東福山久松福南鶴山福順弥髙山福節陽備福備摩耶福輝金浦興明坪生ひろさと八尋陶山深安芳井笠尋呉照芦品海松ヶ岡安那東悠芦田川吸江三郡照陽芦常輝美濃芦辺新山邑芦加茂呰部惠陽明石市陽實上下御野府中市香地華東城真金服部仲條島中稲倉驛家稲瀬油木稲富士葦陽稲讃湯田原門司港備中大惠山神昭東水島美之郷高児島錦備笠晴出雲瑞雲廣町海潮川福廣錦洋福勇米府福芦弓ヶ濱福満西伯福岩米美西村伯仙福年照雲引野松都福昭樺島新輝豊亀田山出雲川津天場山簸ノ川多古浦瑞北雲東神村呉中大江橋品治久福久津呉福鶴南鶴眞川島郷鴨方作備輝華錦ヶ原行縢眞府吉舎清嶽上小畠木津和國須上吉野上備河佐上川邊甲井上父阿木行宇津戸河面府鮮府世原神驛神免葦沼合計記念講演詰所せいしん講師川島一郎先生甲賀大勢津分教会長日午後時東礼拝場にておつとめ別席ひのきしん実行委員会日本部月次祭参拝別席月日土日日春季大祭祭文これのの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原理一慎んで申し上げます親神様には一れつ子供の陽気ぐらしを楽しみに道具を引き寄せ守護を教え八千八度の生まれ替わりを経て人間世界をおはじめ創造下されたばかりでなく天然自然のお働きと身体の自由の御守護を通してお育て下さっております加えて月日にハとのよな事も一れつにみなにをしへてよふきづくめにと旬刻限の到来と共にこの世の表にお現れになり教祖を月日の社と定めて万いさいをお明かしになりひながたを示して陽気ぐらし実現へとお導き下さっております事は誠に有難く勿体ない極みでございますこのお道にお引き寄せ頂いた私共は御守護の有難さに朝夕お礼申し上げると共に御恩報じを念じて世界一列救けたいとの思召にお応えすべく日はたすけ一条の御用の上に勤め励ませて頂いておりますその中にもこの月二十六日は月日の社たる教祖が二十五年先の定命を縮めて世界ろくぢに踏み均しに出られた尊い日柄に当たりおぢばで春の大祭が執り行われますので理のお許しを頂いて当教会にても只今からおつとめ奉仕人一同喜び心たすけ心も一入に明るく陽気に勇んで坐りづとめてをどりをつとめて春の大祭を執り行わせて頂きます御前には寒さ厳しき中も厭いませず今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供達が真実の丈をお供えし声高らかに相共にお歌を唱和し同じ思いに伏し拝み尚も変わらぬ親心にお縋りする状を御覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて本年立教百七十四年は大教会創立百二十周年の年で十一月三十日の記念祭に向け三年千日と仕切って成人の歩みを進めて来た仕上げの年でございます過去二年間初代の心にかえり信仰の喜びを深め伝える事に特に力を入れて成人の歩みを進めてまいりました本年は仕上げに当たり広げに当たる一日一件にをいがけに特に力を入れて成人の歩みを進めさせて頂く所存でございますその徹底を計るべく今月は直轄教会への大祭参拝をさせて頂きました又二月三月には部内巡教をさせて頂き部内教会はもとより用木信者の隅に至るまで徹底を計り一人でも多くの人に信仰の喜びが伝わるよう一手一つの心で外に向かってにをいがけに邁進させて頂く所存でございます何卒親神様には春の大祭に当たり世界ろくぢに踏み均しに出られた教祖のお心に応えるべくかくお誓い申し上げる皆の誠真実の心をお受け取り下さいましてにをいがけを通して一人でも多くの人に信仰の喜びが伝わりお望み下さる陽気ぐらし実現へ一歩でも近づく喜びに満ち溢れたにぎやかな創立百二十周年記念祭を迎えさせて頂けますようお導きの程を一同と共に慎んでお願い申し上げます午前時別席ひのきしん団参き容と内何でも心定めの完遂を教会長講習会開催髙屋分髙屋分教会武内正美会長は月日の両日同教会で立教年教会長講習会を開催教会長ら人が参加した同教会につながる教会長が一手一つに歩むため毎年開かれているもので今回は大教会創立周年記念祭に向けての仕上げの年に一丸となって本年の心定めの完遂目指しつとめさせて頂こうと開かれたもの武内同会長が機を逃さぬおさづけおたすけの実行自ら動かなければ何も変わらない今年髙屋につながる教会長はいち布教師との思いで日を通って頂きたいそれが本年の心定め完遂につながると挨拶引き続き矢田哲一八尋分教会長吉岡貞彦芦田川分教会長が教会長拝命以来の日の通り方今後の決意について感話夕づとめ後親睦会があり信仰談議が活発に行われた日目はひのきしん朝づとめか時間を忘れる程熱のこもったねりあいが行われたら始まり道友社制作の布教活動教会おとまり会などを紹介したビデオ鑑賞この後平野晋先生東本大道竹分西大寺布教所長の講話が行われた先生はサラリーマンから単独布教を志し現在布教所長としてつとめる体験を通しおたすけは粘り強く最後までお世話をさせて頂く覚悟で行うもので教祖を信じて通るこころの詩姿に教祖はお働き下さるそして神様のご守護というものは人間心を遥かに超えたもので教祖の道具衆として心を低く布教に歩かせて頂きたいと話された引き続き参加者を班に分け講話を聞いて一日一件にをいがけ実動心定め達成に対する努力などをテーマに真剣なねりあいが行われ何でも心定めの完遂をさせて頂こうと誓い合い閉会した養徳社発行陽気誌二月号道柳より転載今回の課題は親笠岡に繋がる教友の方が選ばれ掲載されていましたので転載させて頂きますおめでとうございます準秀詠東悠分教会前会長夫人田林美智子さん生かされて深き理合い親の道表紙の書天場山分教会役員野津正樹さんお知らせ西名阪道路松原天理土日除く時時車線規制時時夜間通行止大教会だより立教年春季大祭参拝福山大教会長様髙屋大教会長様神邉田中一之島根上原繁道久松岡本久善鶴山吉岡壽弥髙山大教会奥様陽備田中一之摩耶金浦興明ひろさと陶山芳井呉照海松ヶ岡東悠吸江照陽輝美濃新山邑呰部明石市上下府中市東城服部島中驛家油木葦陽湯田原備中神昭中村剛大教会奥様岡本久善大教会長様中村剛上原繁道大教会奥様中村剛田中一之大教会長様岡本久善田中一之大教会長様佐藤道孝岡本久善吉岡壽大教会奥様吉岡壽上原繁道佐藤道孝中村剛岡本久善大教会長様佐藤道孝吉岡壽上原繁道美之郷錦備笠晴大教会長様佐藤道孝上原繁道教人資格講習会前中後期修了者終講鶴眞頼経知加教会長資格検定講習会修了者終講多古浦田中みゆき訃報高橋久光氏亀田山分教会前会長二月一日出直されました享年七十二才初めて子供が産まれ思った事を少しお話したいと思います子供が産まれる前まではそこまで育児が大変だとは思っていませんでしたが娘が誕生し実際その現場に立ってみると大変さを身にしみて実感しました例えば夜泣きをした時何をしても泣き止まなくてテンテコマイでした産まれてから子供の日の変化や成長を見ながら自分達夫婦も変わって行く姿を見ながら色んな葛藤もありますが今を乗り越えながら親になって行くんだと実感し又親の気持ちがつくづく分かる様な気がします子供を持ち親心が分かる様な分からない様な徐に理解して行くんだろうと思う次第です今は愛娘が可愛くて頬ずりをしたり抱っこしたりして毎日時間が過ぎて行くのが早く感じられ泣いている時は少し時間が経つのが長く感じられる様な気がしましたこれからは更に色な事があると思いますが子供への徳積みになると思って頑張ろうと思いますう