かさおか 『かさおか』第39巻 第7号
創立周年三年千日スローガン諭達を実践しをやの理を戴こう本年の実践項目つとめに専心百万軒にをいがけ全教会で陽気ぐらし講座開催理を立てて我が身が立つ縦の伝道講習会宮森与一郎先生子供は素直なものある日教祖殿から神殿の方へ歩いていると向こうから五歳ぐらいの男の子が元気良く大声を出して走ってきましたその後ろから小学校二年生ぐらいの女の子がここは走ったらダメよと注意しましたが言うことを聞かないのでついに走ったらアカンて言ってるでしょいつまでも走ってたら夜になったら教祖が化けて出てきはんでと叱りました走っていた男の子はピタッと止まり後ろを振り向いてお姉ちゃんホンマかお姉ちゃんはそうや去年のこどもおぢばがえりで引率の先生が言うてたと答えましたこどもというものは大変素直なものです言うことは鵜呑みにしております何を見て育ったか先月二十五日の産経新聞に昨年アメリカの高校で起こった銃の乱射事件について載っていました高校生たちは次と撃たれていくが怖くて身体が硬直して逃げられないそのとき震えている学生を安全なところへ誘導したのは学校の用務員だった用務員は学生と同年輩で知能障害のある確かな教育も受けていないような人だったしっかりとした高校教育を受けて分別のある人が何もできなかったのにその用務員はそんなときにもしっかりと動けた知能障害のあるその用務員はいつも相談をしていたカウンセラーと心の繋がりをもちそのカウンセラーから人間的な温かさを享けていたという話でした何を教えたかが人間を育てるのではなく何を見せたかが問題である人と人との繋がりの中で何を見て育ったかが一番大切なことだろうと結論付けていました私が見たものは私は山の中の小さな教会で育ちました上級も部内もない教会ですが私の両親が信者さんのいないこの教会に行って布教を始めました小学校のころの月次祭には後ろに何人か参拝者がいるそれが月次祭だと思っておりました月一回の給食費をなかなか貰えなかったような思い出もありますこういう教会で育ちましたが教会というものはこういうものだと思っておりました今から振り返れば子どものころに自分も教会長になろうとずっと思っていたような気がします父はいつもにをいがけに出ていて母が教会で留守番をしているというような教会でしたある時珍しくも一人の老婆が訪ねてきました父から話を聞いて参拝する気になったそうでその日から日参されるようになりましたそれから数日後そのお婆さんが言われるのに私の一人息子が家出をして行方不明になっているその居場所だけでも判ればと思って日参しているということでした一ヶ月ほどして何年も家出をしていた息子から突然手紙が来ました親不孝してきたが仕事が成功してきたのでいずれ毎月仕送りをしたいと書いてありましたそのお婆さんは感激されこんな山の中のえらい所で半信半疑だったが教会に日参しだして一ヶ月で息子から手紙が来た嬉しい少しだが神様にお供えしたい息子が送ってくれたお金を教会の子供さんに使ってくださいと毎月息子さんが送ってくるお金から少しずつくださるようになったそうでその額が私と姉の学校の給食費と同じ額だったそうですこのときから毎月の給食費が入るようになりました教会というところが教祖のひながたを辿ろうとするところなら物や金の苦労は当たり前のことだが物や金がないからしんどいという思いをもし私に伝えていたら今月もしんどいなぁ厭やなぁという言葉を聞いたりその姿を見ていればおそらく教会というのはしんどいとこや厭なとこやと思いながら育っただろうと実感しますしかしどんな姿であろうと子供は物や金で苦労したからしんどいなぁとは思わないかも知れません少なくとも私は思いませんでした夫婦の心を一つにもっと大切なものは何だったかと今振り返ってみると両親が一つのことに心を注いでくれていたそれはこのような教会でもここでいつかは教祖にご満足いただけるような少しは安心していただけるような教会になりたいと思う努力を重ねようとおそらくは夫婦で話をし心を添えていたということだと思いますこのよのぢいとてんとをかたどりてふうふをこしらへきたるでな第二節ふたりのこゝろををさめいよなにかのことをもあらはれる四ふうふそろうてひのきしん十一と仰せられます基本的にあるのはやはり夫婦の心が一つである揃っているこれで初めて子供が育つのだと思います私も後に結婚し今三人の子供をお与えいただいていておりますがそうして考えてみると夫婦として心を添えた道を辿っているのか日反省しなければと思います皆様方いかがでしょうか夫婦の心が揃ってそして親神様に向かっているのか親神様の御守護一つに縋っている姿を子供に見せているのかどうか子供に映る親の心私も一教会長でご本部の御用もしておりながら時不足がでるときもありますしかし子供の前で不足を見せるとそのまま映ります私はおぢばの御用をいろいろとつとめております第一には別席のお取り次ぎそして少年会の御用一れつ会の御用少年会やしき隊の御用修理巡教の御用その上分教会長です私の末の子は上の子が小学校に通う姿を見て幼稚園のころから私も早く学校に行きたいと大変期待していましたが今年小学校に入学してしばらくは半日で帰宅します上級生が給食があるので四時間目になったら給食の匂いがプーンとしてきます私も早く五時間目を作ってほしい早く給食が食べたいと言うのですそれくらい楽しみに毎日通学しておりましたが五月に入ったある朝泣いて学校に行かないことがありました家内に聞いても学校に聞いても理由が分からない私はいろいろと思案をしふと気が付きました私はまともにはできませんが御用だけはいっぱい与わりました与わったら与わっただけしんどいなぁと思いました今年に入ってからずっと喜べない不足の心がありました毎日御用でおぢばに帰らせていただきますが忙しいから教祖殿は神殿から拝んでおこうとか朝夕のおつとめにお出まし下さる真柱様にご挨拶してもお返事が返ってくるわけでなし遠くからでも挨拶させていただこうという気持ちも薄れていました御用が多いから仕様ないと思いがちでしたしまったと思いました尽くす理運ぶ理おさしづの中に尽くす理運ぶ理より立つ理は無いと仰せられます尽くす理運ぶ理とは親に対して心を尽くしていく我が身を尽くさせてもらうこれ以外に立つ理は無い立つ理というのは自分があぁ良かったなぁと安心して通れる道また孫子の末まで安心して通れる道が立つ理です家内が元気である子供が元気で学校に行っているニコニコとしている無事無難に送っているので自分が安心していろいろな御用ができるのです子供が泣きながら無理矢理学校へ連れて行かれる姿学校でいじめなどいろいろなことが起こる姿こんな姿は見たくないという親の心安心したいという心は立つということです自分が立つ我が身が立つということは安心できるということだと思いますそのためには尽くす理運ぶ理より立つ理は無いとおさしづにあるわけです親として我が子のことを思うのは当たり前自分の子に良くなってもらいたい元気でおってほしいいろいろな望みを持つのは当たり前の話ですがそれを自分の子供に尽くす運ぶでは立たないどこに尽くす運ぶのか親に対して尽くす運ぶ以外に立つ理は無いとお教えくだされているその信仰を私はしているはずなんだとふと思いました別席の中にもそうお聞かせいただき私もそうお伝えしているはずなのにそれを忘れて不足がましい心をもってそれで尽くす運ぶといえるのか精神込めて親に喜んでもらおうと思えたかどうかできるかできないかは別問題です私の能力なんか知れたものですが親を立てて通る親に尽くさせていただきたい私の教会で申すと本部直轄の分教会ですからたとえ分教会でもしっかりおぢばに尽くすんだ運ぶんだ一人の教会長として自分のところはどうなっても徹底的に親に何とかという気持ちでいくんだ私は今のところ自教会にいることはほとんどありません親に尽くさなければならない身も心も金も尽くしていかなければと思いますそれでこそ初めて立つ理ができてくるそう心を変えた途端に末っ子が毎朝登校するようになりました心を変えただけです神様というのは鮮やかだなと思いました我が子可愛いとばかり思っていたら変わらなかったかも知れません親に尽くそう我が家はどうなっても親に運ぼうと思ってこそ初めて立つ理というのはあるなぁと実感しました自分の子供を思う親の気持ちがあればこそ親を立てて通らなければと思いますたった一人の子私の教会は小さい教会ですが若いころから毎年こどもおぢばがえりには最低十人くらいのこどもを連れておぢばがえりしておりましたある年申し込んできたのがたった一人だったので今年は止めておこうかと母に相談したところなんでこどもおぢばがえりしてんねんと聞かれました私はこどもを連れていって天理教の教えを身に付けさして将来うちの教会の素晴らしいよふぼくにならそうと思うて一生懸命するわけやろと理屈で答えました母はホンマにそう思うんやったら今年は止めとけでもこどもおぢばがえりにこどもが帰ってくるその姿を待っておられる教祖にその子を連れて引き合わせにいくつもりやったら一人でも行け一人でも行こうと言うてくれたその子を教祖が待ち望んではると思うたらお前は何としてでもその子を連れていかんならんのとちがうかと言うてそれから一時間くらい話が続きました当時大学生だった私はたった一人でも構わないと思い小学校一年生のその子を連れて二日間おぢばに帰りました世話する方もたった一人される方もたった一人のこどもおぢばがえりでしたので一日中その子に付きっ切りでしたしんどくなったら負んぶしお茶を欲しがればお茶をもらってやり風呂に入ったら洗ってやり全部世話してやりましたその年のおぢばがえりが終わり翌年からまた段と増えましたが皆教会に足を運んでくれたかというとそうでもない今までずっと教会に来てくれるのはその子ですやっぱりその年にしておいてよかったなと思います母は今年切れたら来年もできひん絶対できひんから一人でもええから行け連れて帰る子がなかったらお前一人でも行けと言ってくれましたそれで続けられました今はよかったなぁと思いますどんな細い道でもどんな細い小さな道でも教祖が付けてくださった道だったらそれを辿るのが私たちお道の者ではないでしょうか大きな道なら誰でも通る少年会も同じことだと思います私の教会は今でも細い道ですどんな道になるやら分からないというような教会ですがそこの教会長として親に尽くしていかなければ運んでいかなければということだけは忘れたくないこれを忘れたら天理教の精神を忘れたようなものではないでしょうか元を振り返って我が家の初代は教祖御在世当時明治十年ころの入信です結婚してできた三人の子供が次と出直し一人残ったのが私の祖父でしたその祖父には六人の子供がいましたが可愛いばかりの長男は二十三歳で出直し残った次男である私の父が家を継ぎました私は小さいころから喘息で学校は休み勝ち遠足も運動会もほとんどでたことがないというしかし男の子一人で何とか出直さずに済んできたそして私は今のところは子供は三人だけですが皆元気にお育ていただいている何の心配もいらない初代は信仰しながら三人の子を出直させ二代は可愛いばかりの長男を二十三歳で失い父はこの子が道を継いでくれたらと必死に育てた長男が喘息そういう姿を見ながらでも通ってくれたお陰で私は子供は皆元気でありますこんなありがたいことはないなぁと百年経って初めて思います初代はよくぞ信仰してくれたなぁそれをよくぞ伝えてくれたなぁと子供を見ながら思うのですこの道は細いかも知れない今は子供が次に出直すかも知れないと初代はそんな道も通ったんで今は結構になってきた初代二代三代がそんな道でも必死になって辿ってくれたお陰でありがたいと思えるこれが結構な道やなぁと思えるのですおぢばに尽くして行こうおぢばに運んでいこうと代思ってくれたお陰やなぁと思うんですだからこそ初めて子供だって元気に育つこれを忘れたらその元を忘れたら子供は非行に走っているじゃないか不登校じゃないかこんな目に合ってるじゃないかその枝先目先のことだけを考えてどうしたらよいのか世の中が悪い社会が悪いあれが悪いからこれが悪いからという心でこれで我が子がたすかる元があるのか私はきっとないような気がしますむしろ尽くす理運ぶ理より立つ理は無い笠岡の道はこの笠岡の道を見てみても初代の会長様は女の方です女性がこの笠岡の地で布教された上原さと先生は晩年に笠岡の道は歩いて歩いて付けた道やと仰せられましたそれがこんな素晴らしい教会になりましたこの笠岡の初代が付けてくだされた道そして代守ってくだされた道この笠岡の道に必死になって尽くしていく運んでいくこの笠岡を通しておぢばに向かっていくのですこれこそが我が子が立つ理ができてくる元ではないでしょうか明治二十九年内務省訓令がでました内務省訓令というのは内務省から各県知事に対しての天理教を弾圧せよという命令です国から天理教を潰せという命令が出たときに笠岡は何をしていたのですか笠岡は神殿ふしんをしておりました神殿ふしんは尽くす運ぶこれ一筋です天理教を弾圧されているときに親神様のやかたを建てたいそれ一心で親に運ぼう親に尽くそうといってやり上げたのがこの笠岡の最初のふしんではなかったかと思いますそんな道を辿ったればこそというのはこんな素晴らしい大教会でありそして代続いてきたのではないでしょうかもしこれを忘れていたらこんな道はなかった弾圧に屈していたら無かった道ですしかしその道を辿るこれこそが末代続く道だ縦の伝道とは末代続く道ではないでしょうか先ずこれを尽くす運ぶことが今日の姿になった元だと思います天理教の少年会今少年会ではいろんなことを言ったりしたりしていますがこれは天理教少年会ですそう名乗っている限り天理教の教えが元です余計な技術いろいろな相談も大切かも知れませんが私たちの辿る姿を見ているのが子供です教えてああせこうせと言うことよりも親のしている姿を見て育つこれが子供ではないかとそれを見せていくことこそが教育ではないかと最初に申したように新聞に書いてありました私たちは自教会家庭でこの道の信仰の不足が出ていないかむしろ不足の反対の方喜びを上級に尽くしているのかあぁ今日も上級のお陰やなぁ上級を通しておぢばのお陰やなぁ大教会長様のお陰やなぁ真柱様のお陰やなぁという言葉が出ているのかどうかこれを見せない限りいくら天理教は素晴らしい教祖の教えはこうだ天理教少年会はこんなことをしているよとそのようなことをいっぱい教えても不足が出たら子供はその不足の方を見習うのではないでしょうか親に尽くして喜ぶ姿をこれを見せていくこれこそが縦の伝道ではないでしょうか少年会はキャンプを教えたり鼓笛をしたりいろいろな歌やゲームをしますこれは喜びを伝える方法でしかありませんもし楽しいゲームをしてそれでお道の信仰が伝わるのならこんな楽なことはないこれは方法なんです私たちの示す姿を子供に伝えていきたいこれが縦の伝道だということをもう一度私たちは思い起こしていく必要はないでしょうか理を立てて通る私たち家族は山の中の教会で暮らしております台風が来たら吹っ飛びそうな教会です台風が来たら今日のお話を思い出して下さい親に尽くしてほしい親に運んでほしい大教会の理を立てて通る理を立てるということが一番肝腎なことだと思っていただきたいそうしたら自分が伸びる元ではないでしょうか根に肥やしをやれ根に水をやれといつもみんな説いているはずですどうかそのことを思い出してもう一度少年会の活動にも力を入れていただきたいと念願しております一人でもええじゃないかさて最後になりましたが今年のこどもおぢばがえりは今までやっておりました白川会場がなくなりますおぢば周辺で教祖の膝許で全部の会場が開催されることになりましたどうかこの笠岡に集う教会全ての隊がどうか一人でもええじゃないかうちはたった一人でもこの子を連れて行こうと思うてお連れ帰りいただきたいそのことを最後に念願いたしまして終えさせていただきます以上要約文責編集部立教年教会長講習会アンケートまとめ印は特に多かった感想丸数字は集計講話を聞かれてあなたはどのように感じられましたか同じ教会長でも天と地程の違いがある事が分った親親教会上級へのつとめ伏せ込みの大切さ三つの角目の話し親に百もたれ切るいんねんの自覚つくしの徹底用木からは用木が育つが信者からは用木は育たない信者ばかり作っていた事が分った少人数でも真の用木の御守護を頂けるようつとめる信者は用木にはなれないという話はこたえた用木を育てる事の大切さを痛感おたすけの出来る用木を育てたい自らの因縁家の因縁を今一度思案し新たな気持で通りたい教会長として因縁の自覚の無さを痛感する神様にもたれ切る事の大切さを新たにした又教会長としての信仰姿勢を見つめ直したい教会長としてはづかしくなった今からでも遅くないので教会長として又用木としてやり直したい教会長らしく用木の手本としてなるよう努力する他二三今のお道の低迷は教会長が原因と聞かせて頂きショックを受けるが又そうだと思った自分が変らなければが全てだと思うおつくしの大切さ親への素直さを心底から教へられた親に添う事が助かる事と自覚出来たつくしが出来ないとおたすけが上らない事親への思が軽かったと反省つくしをしないと用木になれない事上級の親に一切逆らわない心定めでつとめて来ているがもう一歩進んで親に涙を流して頂けるような所までつとめねばと思うおつくしへの自覚がついた成っても成らいでも思い切って実動する所に親神様のお働きを頂ける事理屈抜きに実動させて頂く道の通り方にも色ある事分った講師の母親が通られた様に御守護無い中も心を倒さず通らせて頂く今の通り方に区切りをつけて新たにスタートさせて頂かねばと思う初代の道があり今日の道がある事良く分らせて頂いた初代の道を無にせぬよう通らせて頂く講師の通られた道を自らの歩みに生かし度い単独から出発して素晴らしい教会を築かれた事は納得いく又自分もその一端でも参考にさせて頂いて通らせて頂くがしかし今日結構になったからと云っておたすけに行くのに高級車と運転手付でしかも人もうらやむ御殿のような豪奢な邸宅と庭が待っている生活はそれが一つの目標でもありましょうが私には理解が出来ない先生のお話し信仰についてあまりにも物への形こだわりがあり過ぎるように思うおぢばへ真実を尽くし運び理の伏せ込みをするということについてあなたはどのように考えまたどのように行なっておられますか一人でも多くの方を共に連れておぢばがえり上級への日参と上級へのつくしが即ぢばへのつとめ毎月おぢばの月次祭に参拝することきりなしを通してのぢばへのつとめ毎月の上級へのお供全てが地場への真実の伏せ込み御恩報じと考へている年頭の心定め完遂こそがぢばへのつとめと考へるつなぎ袋の一層の徹底を計る信者さんにはできるだけして頂ければいゝ位に思っていた事が間違っていた事分ったぢばへのつくしの信念に欠けていたおぢばへの伏せ込みが全てお金お金と考える向きがあるそうではないと思う上級の会長はつくしが少い教会に対しては小馬鹿な態度をとられる金額は少くても中味は多い所以上の真実がつまっている形にとらわれず喜びをもってつとめさせて頂く自らの生活を確保した上で残りを運んでいた事を反省するもっと切っ羽詰まった状況に自らをもって行き度いおつくしを減らす事あっても増やすことがない現状を打破したいおつくしの大切な事は分っているが信者に話す事伝える事が分らないし難しいあなたはご自身の運命を切り開くということについてどのようにお考えでしょうか因縁の自覚に基づく御恩報仕の道を歩む陰徳を積む努力何事も喜びに替えて通れるよう努力たんのうの心親神様にもたれ切って通る日理の親の心に添うつとめ人の喜びが我が喜びとなるようなつとめ結果として運命が開かれる運びつくしの徹底初心を忘れず信仰の基本ひながたに自らを照し合わせて通る事親神様教祖にお受け取り頂ける心歩み方と反省の日おたすけ活動にほいがけおたすけ成って来る理現れた姿を喜んで受けて通る心与わったつとめを勇んで明るく最後までやり通す努力途中で切らない初代の信仰を生かしてつとめる置かれている立場をわきまえるつとめの専心教会長後継者道の後継者の問題また縦の伝道についてあなたの教会の問題としてどのように考えまたどのように行なっておられますか日に勤める姿を通して伝える日に喜びの信仰生活こそが素直に道を通りついて来てくれる元である信者の子弟が育っていない事が大問題ですどうすべきか悩んでいる聞いてくれなくても聞いてくれても道の話しは聞かせる事が大切又それはあとく節に逢った時あの時親が云った事思い出して来れる為に縦横の行事に積極的に参加させる事そこに知らずくお育て頂く理ある縦の育ては少年会活動が重要なカギである事が分った教会長自身の心と行いこれに全ての答えがある教会長自身が親の理理の親上級地場に素直に添えなければ順序の理として理の子や子孫に道の結構さを伝える事は決して出来ないと考えている我が子は全員用木として当然の事としてつとめてくれている後継者としての自覚を促して育てなかった事悔んでいる話を聞いて自分の通り方では後が続かん事が分った教会長自身の姿を見せる為同行させ運転させて講社祭の手伝い又講社を二件担当させている毎朝の神殿掃除に起こし共につとめている後継者問題は経済的な問題を解決しないと難しい後継者で悩んでいる所は陰気ぐらし経済的な問題が多いしてる所が多い子供の前での道の不足は厳に慎しんでいる大教会サイドでも縦の育てにはしっかり後押しして欲しいよふぼくが出直す反面新しいよふぼくの誕生が少い今あなたの教会の役員よふぼくを育てる上でどのように考えまたどのように心をつかっておられますか用木に一回でも多く一人でも多く教会に運んで頂ける様自ら上級に素直に積極的に運ばせて頂くおぢばへの参拝を促す布教を縦と横両面同じ心で取り組む事大切少年会活動を積極的に教会へ出入りした子は育つ役員用木に自覚を促し自主的に成人するよう導く心の通い合い大切教会へ足を運んで頂ける様丹精月に一度は信者宅に足を運ぶ事講社祭は家族全員でつとめるようにする事若い用木の方に講社祭に同行し頂き一言の話しを取り次いでもらうような育て月次祭の充実とおつとめをきちんとつとめさせて頂く事自らが先頭に布教に立つおつくしを第一に時旬の声を伝えさせて頂き一つでも実行して下さる様丹精につとめる信者の育ては我が子を育てると同じつもりで教典の勉強大切教理の理解を深めると共にいんねんの自覚を促す事月の感謝袋は親が勝手に入れない様に子供にその意味をよく話し納得させて自らの手で入れさせる名前も本人に記さす用木信者の機嫌取り顔色うかがいを止める先の事を案じず今のつとめ大教会より旬の声を全力投球自らが用木の方に教会になくてはならない人材である事を事ある度に話すにほいがけおさづけの取次会長としてのつとめの全う節をいかに生かすか今教会長として困っていることや悩んでいることがあれば具体的にお書き下さいおつとめ奉仕者の減少増加をなんとかおつくしの低下教会長として雑用が多過ぎておたすけに又丹精に励めない運べない後継者が育たない心が離れている実動用木が少い書き切れない程悩みがある用木が出来ない別席者修養科生アンケート全てにわたって悩んでいる経済的に困っておる時にはどうしようかと云う時さえある特に子供の学校への納金問題では常にギリくの過ごし方をしている親孝行も大切であるが親が子を育てるのも親のつとめではないのか少年会活動をおろそかにして来たツケが今廻って来ている教会長として用木一人くへ具体的な導きが出来ないどうしたら教会へ運んでもらへるか話しても意が通じない会長の思いが伝わらない分ってもらえない人間思案が先に立って思いが素直に云えない伝えられない事に悩む先の信者が切れつゝあるこの方達を繋ぐにはどうすればよいか悩む後継者が職業に就いていて生計を立てゝいるので道一条で通る事に悩んでいる道一条にふん切りがなかくつかない別席者運び中用木の丹精に悩む親から子への信仰が伝わらない若い用木が仕事が休めず月次祭日つとめられない老人だけの月次祭となり段活気が無くなる教会に留守番がいなく教会を空けられない安心して任せる人がいないこの道の事が解らない徳の無い者が仰せのまゝに任を受けた事が間違っていた法人の事務処理が難しく分らなく困っている用木の成人教会の立場でつとめてくれる人が育たない教えを人に話す事が出来ない上級との問題に悩む用木の高齢化上級大教会の不足を廻りの人にふい聴し廻りの人の心にブレーキをかける人が居て困っている前会長が口をはさみ困る大教会当番の日記帳特に自由になんでも書き入れるものを置いて欲しい大教会も段役員先生が減って大教会で悩み事を聞いて下さったり親心をもってお仕込みして下さる先生が欲しい後継者が無いおさづけがきかない福節分教会藤井治喜全教会で陽気ぐらし講座開催という本年の実践項目を初めて聞かせて頂いた時正直に言ってそのような御無体なことをと思ってしまいました自他共に認める笠岡部内でも有数の自然環境に恵まれた地に有り密かに信仰の灯をともし続ける福節分教会にとって本部より講師をお迎えして御講演いただくというようなことは想像できなかったのですその後大教会の推進研修会や上級教会で実施要項を詳しく説明して頂きこの陽気ぐらし講座をにをいがけに活用するんだ人数は少なくてもいい未信者五名以上の受講が目標であると聞かせて頂き少しは気が楽になりましたそれでも他の教会の様子を見させてもらってからにしようと落ち着いて構えていたところ上級教会より他地区での陽気ぐらし講座に来られる講師京塚貢先生と橘香滋さんの空き日があるので福節で開催してはとのお話がありました突然のことでどうしようかと迷いましたがお声のある時にさせて頂いた方が良かろうということで五月十日午後二時開催ということになりましたただでさえ過疎地なのに平日の昼間でしかも田植え時期ということでなかなか人は集まらないだろうなとは思いましたができるだけ呼びかけさせて頂こうと思い町内は一軒残らずパンフレットを配らせて頂くことにしました隣りと数百メートルも離れた山の中の一軒家もあり一時間に二十軒ほど廻らせて頂くのがやっとでしたそんななかお話と歌謡ショーがあるんですよとお誘いするとそれはまた珍しいことをされるおもしろそうだ行かせてもらおうという声が思いの外多かったのはうれしいことでした信者さん方も一生懸命に呼びかけてくださりゲートボール仲間を十数名連れて来られた方もいましたそんなことで当日は総数五十名の参加者となり未信者も三十五名という予想以上の大勢の方に参加して頂きましたそうして講座も非常にうちとけた雰囲気となり笑いの絶えない大変盛り上がったものとなりました未信者の方が一応に良かった楽しかったと言ってくださりお世話取り下さった信者さん方と大いに喜ばせて頂きましたこの陽気ぐらし講座を通して勧誘のために初めて廻らせて頂いた家や初めて言葉を交わした人達もたくさんいましたそういう機会を得たことをありがたく思いますまた日頃のおつきあい日の通り方が大事であると改めて思わせて頂きました次回また開催させて頂く時はもっと多くの人に参加して頂けるようにもっと自信を持ってお誘いしたいと思います心の通ひ路藤が頭の中を過っていました九月になって三代会長が出直しされ四代会長を決めさせて頂く時期がいよいよお導きのまにまに仲條分教会長重政禎子来たのです役員さん信者さん一人ひとりの思いを代表役員さんが聞いて下さっていたのですが私は教会長の理のお許しを頂いてから教会に住わせて頂きながら教会を出もう少しで五ヶ月が過ぎようとしてたいと言う気持ちは強くその思いはいますがそれまでには色な出募るばかりでした会長不在の月次来事がありました祭が何ヶ月も続いておりましたが昨年の五月頃から三代会長が体私もなかなか決心がつかずにいまし調を崩されるし私も交通事故のた所十一月中頃腰に身上を頂きまような目に遭いましたが幸い怪我した腰の痛みと座骨左足の後側もなくあわや大難になってたかもの痛みしびれそれは言うに言えな知れない所を小難にお連れ通り頂きい辛いものでしたかかりつけの接本当に不思議な御守護をお見せ下さ骨院で診て頂いた結果椎間板ヘルりありがたく思わして頂きましたニアと聞かされつらい日が何ヶそれにも拘らず私は子供を連れて月も続いている中色と思案させ教会を出ようと出る事ばかり考えて頂き自分なりに次のように悟らせていましたと言うのは三代会長て頂きました脊髄というのは体の容体が思わしくなく後継者問題の中心腰はつなぎと聞かせて頂いがあったからです私の主人後継ておりますので教会の中心要する者は平成三年に出直してましてに教会の会長にならせて頂き腰を据子供が五人いるのですがまだ手えなさいと言う神様からのお手引がかかるし経済的にも大変で教きだろうと思わして頂き色な事情理勉強なども未熟なもので不安や葛身上をお見せ頂く中教会長をつとめさせて頂こうと心定めさせて頂く事ができましたそして心定めさして頂いた頃から徐にヘルニアの痛みも和らいでいき今年二月任命講習会を受講させて頂く頃には御守護頂けましたその時はさほど思わなかったのですが神様の思惑って不思議なものです今までの教訓を胸にほんとに未熟な者ですが一つ一つ勉強しながら親神様教祖又親や信者さんに喜んで頂けるようつとめさせて頂きますふたことみこと頂く考頂くという言葉を私達は日常茶飯事に使っているお道の専門用語ではないかと思う程使っている使い過ぎである滑稽を通り越して愚鈍にさえ思えることがあるそこで広辞苑を繙いてみたいただく頂く他四一頭にのせる二高くささげる三崇め敬うとある詳しくは略するが右の本質をわきまえずに使うと次のようになる只今より部の会議を開かさせて頂きます思わず放送している人の顔をみる本人は最高の敬語を使っていると思っているのだから気のうちはマメである世の中平和でありますというような顔をしている何年か前こんなこともあったある大会が終了して司会者がおもむろにのたもうた皆様方には席を立って頂き右を向いて頂きます先頭から歩かせて頂き門から出させて頂きます左の方へ歩かせて頂き広場へ集合させて頂きます云とまだ頂くが続く可笑しいと思いませんか思わない人は世界たすけ云と大きな声をするお道のものはこんなところから気をつけなければ笑いものになるいや現に笑われているのであるいつまでもコップの中で泳いでいる分ならいいのですが世ノ中平和デアリマスハイッ雅楽大合奏お供え演奏会月日正午より本部第食堂管弦双調武徳楽賀殿急胡飲酒破舞楽柳花苑孝樹先生篳篥山崎康雄先生笙浅井みちよ先生龍笛連中級以上平調の吹ける方月日午後時受付日午後時閉講雅楽講習会六月月次祭祭文これのの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原理一慎しんで申し上げます親神様の子供かわいい親心によります火水風の御守護のまにく日は結構に恙なくお連れ通り頂いております事は誠に有難い極みでございます又私共は単に春夏秋冬の季節の移り変わりを楽しむだけでなく御教えのお陰によりまして日成ってくる姿に親心と有難さを感じつつ生活させて頂けます事も誠に勿体なく有難い事と朝夕に御礼を申し上げさせて頂いております加えて少しでも御恩返しをさせて頂きたいものと月のおつとめはもちろん日にをいがけおたすけを通してたすけ一条の上に邁進させて頂いておりますその中にも今日の吉日はお許し戴いた御祭り日でございますので只今からおつとめ奉仕者一同今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供達の唱和の声と共に明るく陽気に勇んで座りづとめてをどりをつとめて六月の月次祭を執り行わせて頂きます皆の勇み心の真実を御覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさてあと十日程で今年も上半期が終わり下半期へと移行して行きますが単なる経過にとどまらず一つの節目として捉え上半期を素直に反省して下半期にはその反省を生かせるよう勤めさせて頂きたいと存じますつきましてはおぢばに於いて道の後継者として直接お仕込み下さる機会を与えて頂いておりますところの子供おぢば帰りや学生生徒修養会に一人でも多くの子供達をお引き寄せ頂きたいものと本日は縦の伝道講習会を開催させて頂きますので何卒親神様のお力添えを賜りますようお願い申し上げます又心も新たに三つの実践項目の実動に掛からせて頂きたいと存じますが只実動するだけでなくそこに教祖のひながたを心に湛えつつ喜びとたすけ心を添えて勤めさせて頂く所存でございます何卒親神様には心の荒みがちな世の中にあって物欲に惑わされず只ひたすら親を信じ凭れて世界一列を助けたいとの親心に添い切る皆の真実誠の心をお受け取り下さいまして万たすけの上に尚も自由の御守護を賜りまして人が実の親を知り一列兄弟の理に目覚めて互いに助け合う陽気ぐらしの世の状に一日も早くお導き下さいますよう一同と共に慎んでお願い申し上げます円期間参加御供対象講師日時会場曲目第期修養科募集要項修養科期間月日教養掛ヶ月間ヶ月目ヶ月目ヶ月目吉岡壽大教会役員興明分教会長福島泰道瑞北教会長田中一矩上小畠分教会長瀬藤教雄大惠山分教会長募集要項志願者は月末日現在で満歳以上で下表の必要書類を携え上級教会を経由して大教会に順序参拝すること月日までに笠岡詰所に入所し教養掛の面接を受けることヶ月の修養期間を修了後は大教会での修養科修了講習会を受講し日の昼食後に解散教科書必須おふでさきみかぐらうた天理教教典稿本天理教教祖伝よふぼく手帳参考書出来れば持参おてふり概要なりもの練習譜笛打楽器または三曲おやしき史跡案内携行品おつとめの扇筆記用具認印笛男鳴物の講義で笛と小鼓の内笛を選択する人のみ服装ハッピ及び帯バンド長ズボン又はそれに類するもの靴書類大教会詰所備考順序参拝票別席願初席願の順序参拝がまだの者で修養科入学後に初席席札を運ぶ者のみ別席のしおり願書に日付を入れない事大教会御供おさづけの理拝戴願の順序参拝も合せて行なう本部御供別席の誓いの言葉は別席の誓いの日までに覚えることおさづけの理拝戴願おさづけの理拝戴願の順序参拝がまだの者で修養科おはなし入学後におさづけの理を拝戴する者のみ大教会御供願書に日付を入れない事本部御供修養科入学願御供は任意であるが慣例により円以上修養科入学事由書修養科入学御供住民票または戸籍抄本戸籍記載事項証明書身分証明書でもよい白イルカのアクアス水族館に行くよ期間場所平成年月日火月日木泊日島根県石見海浜公園キャンプ場集合解散定員参加費携行品申し込み月日午前時分大教会集合月日午後時頃大教会にて解散名先着順円米合バーベキュー野菜品帽子着替え洗面具水着サンダル懐中電灯水筒弁当食新聞紙軍手長袖の服とズボン雨具遊具浮き輪水中メガネなど月日までに各ブロックの担当者に申し込み書を添えてお申し込みください第回英語講習会期間月日土午前時受付日月午後時頃解散会場受講御供円参加資格中学生高校生大学生一般携行品英和和英辞典筆記具着替え洗面具水着婦人会委員部長後継者講習会日時場所参加御供内容持参品月午後時受付日火午後時半頃閉講円支部長挨拶大教会長様お話草取りひのきしんにをいがけ等ハッピひのきしんの出来る服装止むを得ず欠席される方また託児の必要な方は年令氏名を月日までにご連絡ください