『かさおか』第62巻 第12号
○1立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか発行所天理教笠岡大教会かさおか編集掛笠岡市用之江377郵便番号714-0066(0865)電話66-1311FAX66-1314西伯分教会大正12年10月25日設立大正13年3月5日設立奉告祭昭和5年5月5日神殿竣工奉告祭平成12年4月30日移転建築奉告祭立教186年12月号立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号2○広島平和公園で外国語パンフレット配布海外部(上原志郎部長)は月9日、晴天の中、広島平和公園へ外国語パンフレットを持って7人でにをいがけに行きました。公園内でまずおぢばに向かい世界平和を願ってよろづよ八首をおどらせて頂き、それから3グループに分かれて約1時間程歩きました。外国人旅行者が大変多く、現在世界で起こっている戦争を踏まえ世界平和への意識がとても高い事が感じられま11海外部した。パンフレットを配らせて頂いても人間ではどうしようも治まらない戦争に対して宗教への関心が高いためか多くの人が受け取ってくださいました。とても有意義な時間を過ごさせて頂きました。(部長上原志郎)参加者の声芳井分教会佐藤和代アメリカ、オーストラリア、オーストリア、ドイツ、イタリア、フランス、ルクセンブルク、ネパール、カナダ、イギリス、スペイン、カ国の人々にチラシを配ることができました。月9日海外伝道初主催で広島平和公園のあたりにパンフレットを配りに行ってきました。7人で参加しました。記念碑の前では、様々な国の人々が平和を祈っていました。コーラス隊の外国の学生さん達が平和の祈りの歌を歌っている後ろで、涙されてる外国の女性が印象的でした。とても刺激的な体験となりました。ありがとうございました。けに参加させていただきました。英語は、どちらかというと苦手で挨拶もできないので、最初はとても不安でしたが、秋晴れの空の下、皆さんと一緒によろづよ八首を踊らせていただき、そんな不安もどこかに行ってしまうような晴れやかな気持ちになりました。にをいがけは、英語が堪能な方と一緒にハイ回らせて頂きました。私は、一言「Hi!」としか言えず、英語の会話をじっと聞いているだけでしたが、他愛もない話や相手のことについて質問したりとコミュニケーションをとられていて、最後にパンフレットを渡すとすんなりと受けとってくれ、どんな教えか質問も111111海外部21してくれました。今回のにをいがけで英語力も必要ですが、コミュニケーション力、たとえ英語ができなくても、笑顔でコミュニケーションをとろうという姿勢が大切で、また神様がきっと良い御縁を下さると神様にもたれて、自信をもって声をかけていくということが大切だなと感じました。海外伝道講習会開催月月次祭海外部(上原志郎部長)は月日、足立正文先生を講師に迎え、大教会月月次祭後に「海外伝道講習会」を開催。役員・部内教会長・よ、ふ、ぼ、く、・信者ら多数が受講した。足立先生は、淡々としたなかにも、終始一貫「世、界、た、す、け、」をテーマに、情熱あふれる思いを縷々お話しくだされた。講話内容は次の通り(挨拶・敬語を省いて、ほぼ原文通り)。英会話を楽しみながらにをいがけドイツから来日した人たちにドイツ語のパンフレット1111かさおか福勇分教会鳥井悠加初めて海外部での平和公園にをいがただいまご紹介いただきました足立正文と申します。私は、教祖年祭の110かさおか15翌年から年間、南半球のオーストラに、私は必ず「今日もまた、世、界、た、す、の屋敷にいんねんあり。このたび、リア第3の都市ブリスベンにある天理▼国内で信仰できることの喜びけ、の御用にお使いください。」とお願世界一れつをたすけるために天11教オセアニア出張所の初代所長という年前にオーストラリアから帰国いすることを日課としています。降った。みきを神のやしろに貰い立場で、世、界、た、す、け、の尊い御用にお使し、お、ぢ、ば、で生活する中で、特にあり本日ご参拝の皆様の中にも、同じよ受けたい。いいただいていました。帰国後は、海がたい・結構だといつも感じているのうに、「世、界、た、す、け、の御用にお使いく親神様は、「世界一れつをたすける外部北米オセアニア課の御用の傍ら、は、毎朝のご本部の朝づとめに参拝し、ださい」とお願いされる方も多いでために」とはっきり仰っています。天理教語学院(TLI)で日本語を学ぶ神殿まで通って、か、ん、ろ、だ、い、を拝してしょうが、一方では、「世、界、た、す、け、」「世、界、た、す、け、」の「世界」とは、「世留学生が寄宿する海外ふるさと寮の寮お、つ、と、め、を勤め、親神様・教祖に直接と常々に言われるが、「世、界、た、す、け、と界一れつ」のことです。つまり、「世長も兼任していましたが、その後、天お礼を申し上げることができるという言われても、私には直接関係ないな。」、界中の全ての人間」のことです。親神理大学へ出向、以来、主に天理大学のことです。あるいは、「生活するだけでも精一杯様は、「お、ぢ、ば、のある大和地方に住ん国際交流関係の御用に携わって現在に私達、この道を信ずるお互いにとっの私などには大それたことだ。」と感でいる人」だけを助けたいのではあり3○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号至っています。て、自分の望んだ好きな時に気軽にお、じられる方も、もしかするとおられるません。「当教会のある岡山県、あるこの度、当教会の海外伝道講習会のぢ、ば、に帰り、か、ん、ろ、だ、い、の前に額ずくのではないかと想像します。しかし、いはお隣の広島県に住んでおられる講師を仰せつかり、安請け合いして出ことができる。あるいは教祖殿に出向果たしてそうでしょうか?そういう人」だけを、あるいは「日本という極てきました。これまでは飯降政彦先生いて、ご存命の教祖に直接ご挨拶を申考え方を、よしとして良いのでしょう東の小さな島国に暮らす日本人」だけをはじめ、本部の高名な先生方が講師し上げることができる。そしてお礼やか?を助ければそれで良いとは仰っていまを務めてこられたとお聞きし、大したお願いをできるということが、どれほせん。経験のない未熟者の私が果たしてご期どありがたいことか、どれほど幸せな一方、別の見方をすると、お道では世界中、この地球上の全ての人間を待にお応えできるだろうかとの不安もことか。皆様の中には、当たり前のよなぜ「世、界、た、す、け、」ということが常々1人残さずたすけ上げ、その人間たちありましたが、これも神様の御用、世、うに思われる方も多いかもしれません言われるのでしょうか?なぜ私達こが兄弟として互いにたすけ合い励まし界、た、す、け、に繋がる御用であると私自身が、お、ぢ、ば、から遠く離れた海外に長年の道の信仰者は、「世、界、た、す、け、」を目合いながら仲良く陽気に暮らすことをに言い聞かせながら、大役をお受けし住んでいた者にとっては、強くそう思指すのでしょうか?いや、目指さなご覧になり、親神様もまたともに楽し10た次第です。皆様の世、界、た、す、け、の御用います。ければならないのでしょうか?みたいとの思いから、天保9年月ののうえに、あるいは信仰生活のうえに、その答えは、『稿本天理教教祖伝』、・旬刻限の到来とともに、この世の表に多少なりともお役に立てればと念じな▼「世、界、た、す、け、」は本教の本旨であり、『天理教教典』の冒頭に記されている、御現れになり、その目的のために中山がら精一杯努めたいと存じます。どうこの道の信仰者の大義いわゆる立教のご宣言に目をやれば明みき様を神のや、し、ろ、に貰いうけ、以来、ぞ最後までお付き合いよろしくお願いその朝づとめに参拝し、日々のお礼らかです。教祖を通してそのお思し召しを伝えてします。を申し上げ、身上者のお願いをする中我は元の神・実の神である。ここられました。6501032080500505028043220立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号4○174「世、界、た、す、け、」は本教の本旨であり、「世、界、た、す、け、」に向かって努力をし続陸に教会名称の理が許され、世界の一方、ニュージーランドには、布教所この道の信仰者の大義と申しても過言けなければならない。そうすることが以上の国地域に教祖の教えが伝わり、が2ヶ所あります。そして、この両国ではないでしょう。私達、教祖の御教えを応じる者の使命その結果、今年月現在海外教会ヶに在住するよ、う、ぼ、く、総数は約名、子であり、義務ではないでしょうか。所、布教所ヶ所が設立され、世、界、た、供も含めた信者が約名、合わせて約このことについて、真柱様は神殿講す、け、の御用に直接携わっておられま名です。話の中で、次のように述べられました。▼海外での「世、界、た、す、け、」の歴史す。オセアニアの道は、昭和年、天理立教以来年、教えは伸び広がそうした「世、界、た、す、け、」の熱い思い今申した海外の教会・布教所の中に教青年会創立周年の記念事業の一つり、日本国内のみならず世界各地を我が事として、道の先人先輩たちは、は、もちろん当笠岡大教会の理に繋がである留学生の海外派遣がきっかけでに教会や布教のための拠点が設け教祖5年祭が勤め終えられてまもないる海外拠点も含まれています。例えば、始まりました。以来数年、現在の教られ、またお、ぢ、ば、でも教義の確立、明治年頃から、海外への布教伝道のアメリカ、ブラジルには布教所が設け勢までの道の進展をご守護いただいた2629教団組織の整備がはかられる一方機運の高まりとともに日本を飛び立られ、その他にも、アフリカのタンザことは、素晴らしいことであり、そので、境内地は広がり、形のふ、し、ん、ち、海外に出て行くようになりました。ニアの支援活動が実施されているとお間、どれほど多くの方々の真実の伏せは大いに進みました。しかし、姿特に明治年のいわゆる内務省秘密訓聞きしています。込みがあったかは申すまでもありませ形はどれほど移り変わろうとも、令の発令によって本教への取り締まりこのように、遠く海外の地にあってん。そのいずれもが、あくまで立教のが一気に難しくなり、国内では布教伝も、当教会の理に繋がるよ、う、ぼ、く、・信大目標である、世界一れつをたす道を行うことが難しくなったことをう者が在住され、親神様の望まれる「世、▼「世、界、た、す、け、」の人材育成けるために整えられたのであるとけ、その布教の情熱を海外へ向けると界、た、す、け、」という大きな志を胸に、日その現場で、本部の拠点をお預かりいうことを忘れてはならないと思いう事情が一方ではあったそうです。夜に、を、い、が、け、・お、た、す、け、を始めとする、していた私自身、いつもどこか何か心30います。従って、例えばどの教会そういう流れの中で明治年以降「、世、様々な御用を勇んで務めておられまに引っかかる、あるいはモヤモヤとしのどんな活動も全て世、界、た、す、け、、界、た、す、け、」の志を胸にたくさんの布教す。本当に尊い素晴らしいことです。た思いがありました。それは何か陽、気、ぐ、ら、し、に繋がっていなければ師が海外を目指したのです。朝鮮半島と申すと、確かに教勢は着実に伸び、15ならないのです。から始まり、台湾・中国・満州・東南ア参考までに、私が年間に渡って御よ、う、ぼ、く、・信者数も、年々少しずつ増この真柱様のお言葉からも明らかのジア・アメリカ、さらにはロンドン・南用の機会をいただいたオセアニア管内えてはきているが、果たしてこんなように、この道を信仰するお互いは、洋など。(お道の教えが広まっているのは、主ペースで、世、界、た、す、け、の実現にどれだこの「世、界、た、す、け、」という究極の目的記録によれば本教の初の海外布教でにオーストラリアとニュージーランドけ近づいているのか、この現実に満足130かさおかを常に心に留めながら、その実現のたある朝鮮布教から数えて今年はちょうの2カ国)の現在の教勢について申すして良いのだろうかという思いでしめには何をしなければならないのかをど年になるそうですが、その間、道と、オーストラリアには本部拠点が1た。もう少し具体的に申すと、そ思案し、私達の日々の信仰生活の中では世界各地に広がりを見せ、世界5大ヶ所、教会が2ヶ所、布教所は4ヶ所。の当時のオーストラリアの人口は215○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか45050000万人、ニュージーランドの人口が万人、合計2550万人になります。先ほどの約人で単純計算すると、よ、う、ぼ、く、・信者1人につき5万人余りを相手にしなければなりません。この人数で一体どうやって、この地域での世、界、た、す、け、を進め、陽、気、ぐ、ら、し、社会を築いていくことができるのだろうかということでした。残念ながら「世、界、た、す、け、」からは、あまりにも程遠いと言わざる終えないのが現状です。そういう意味からも、私達一人ひとりが「世、界、た、す、け、」を我が事として、もっと真剣に、積極的に「世、界、た、す、け、」を目指す人材を1人でも多く作り育て、現場に送り込む努力をしていかなければならないと、つくづく感じています。このことに関して真柱様は、別の年の神殿講話で、次のように仕込まれました。世界一れつをたすけるには、親の思いを体して世界中を駆け巡るよ、う、ぼ、く、の働きが欠かせません。また、もっともっと多くのよ、う、ぼ、く、が必要です。この教えを知らずに、身上事情を通してのお知らせの意味を解せない人々に、その意味するところを伝え、心の向きを変えてもらうには、教祖の道具衆としてのよ、う、ぼ、く、の働きがなければなりません。と述べられ、「世、界、た、す、け、」には、世界一れつをたすけたいとの親神様の思し召しを、他人事ではなく、我がこととして世界中を駆け巡る、もっともっと多くのよ、う、ぼ、く、が必要だと強調されているのです。言い換えるならば、私達この道のよ、う、ぼ、く、一人ひとりが、世界中を駆け巡るよ、う、ぼ、く、の必要性をしっかりと心に刻み、世界中を駆け巡る一人でも多くのよ、う、ぼ、く、を作り育てる努力を続けることを切に望まれていると拝察しました。その意味からすると、当教会では、全教に先駆けて半世紀以上前から、主に若い世代を対象とした英語講習会を実施して、英語のできる人材育成を進められ、現在まで続いているそうですが、それこそは、まさに将来の「世、界、た、す、け、」の人材を育成するという素晴らしい活動だと思います。▼海外での「世、界、た、す、け、」の実際それではここで、「世、界、た、す、け、」の志を持って、日々努力されているよ、う、ぼ、く、の方々をいくつか紹介したいと思います。私が長年住んでいたオセアニア地域においても、シドニー・メルボルン・ブリスベンなどの大都市から飛行機で何時間もかかるような片田舎のへんぴな場所、周りに教会・布教所どころか誰一人として教友がいない、そんなところで孤軍奮闘、教祖の教えを頼りに「世、界、た、す、け、」の志を持って地道にそして着実に信仰しておられるよ、う、ぼ、く、を、私は少なからず知っています。例えば、オーストラリア大陸の北の果て、インドネシアに近いところにダーウィンという町があります。その町に1人の熱心なよ、う、ぼ、く、男性が住んでいました。日本の大学で、体操選手として活躍し、卒業後、縁あって体操の指導者としてダーウィンに渡り、アイルランド出身の熱心なキリスト教信者と知り合い結婚、2人の子どもがいました。自宅に神様を祀り、毎日お供物を供え、朝夕のお、つ、と、め、を1人で欠かさずに勤め、お、つ、と、め、後のまなびで10は一下りずつて、を、ど、り、を勤め、お、ふ、で、さ、き、を拝読する。しかし家族は全く無関心で、全て1人で勤めます。私は、何度かこのお宅を尋ねたことがありますが、こんなへんぴな所で1人拍子木を叩いて、熱心にお、つ、と、め、を勤めている後ろ姿に心を打たれました。奥さんはもちろん、子供たちにも何とかこの素晴らしい信仰を伝えたいと、「世、界、た、す、け、」の志を持って努力されてはいましたが、「年経っても全く伝わらない」と寡黙なこの方が、ぽろっと漏らされたのが今でも私の心に引っ掛かっています。オーストラリア大陸の南の端にタスマニアという島があります。その州のホバート郊外の山中に、ある熱心なよ、う、ぼ、く、女性が住んでいました。ご主人はフランス系オーストラリア人、ホバートの有名なフレンチレストランでシェフとして働いていました。奥さんからすすめられて何度かお、ぢ、ば、が、え、り、され別席を運んでいました。自宅には神様の代わりにお、か、き、さ、げ、を祀って、毎日お、つ、と、め、を勤め、友人や知人に、事あるごとにお道の話をしていました。ある年、その方のお宅を訪れたとかさおか立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号6○き、八つのほ、こ、り、と十全の守護の英語版がトイレの中に貼ってあるのが目に留まりました。私が「どうしてトイレなのか?」と尋ねると、「トイレには、我が家に来られた方は必ず入る。トイレの中では他にすることがないから、貼っておくと必ずそれが読まれる。そうすると皆、本当に良いことが書いてあるわねと興味を持つ。それからお道の話を少しずつするんですよ。」ホバートには、他に誰一人信者さんはいませんでしたが、彼女は「世、界、た、す、け、」の志を持って孤軍奮闘、自分で出来るところから何とかこの素晴らしい教えを伝えたいと努力していたのではないでしょうか。その姿が、実に爽やかで印象的でした。また、ニュージーランドのマオリ族出身の女性ですが、年以上前に、夫婦や家族の様々な事情で生きる望みはないと悩んでいたときにに、を、い、がかかり、その後、お、ぢ、ば、に引き寄せられて修養科英語クラスを志願しました。お、ぢ、ば、では一生懸命に教義を勉強、おてふり・鳴り物を学び、ひ、の、き、し、ん、に励み、よ、う、ぼ、く、となって無事に3ヶ月の修養科を修了、母国ニュージーランド20に帰りました。早速、よ、う、ぼ、く、として身上や事情で悩んでいた家族・親族のお、た、す、け、にかかりました。周りの人々は皆、その女性のあまりの変わりように驚きました。また離婚した元夫が瀕死の身上で苦しんでいると聞き、何とかたすかってもらいたいと親身になって世話取りをし、毎日お、さ、づ、け、を取り次ぎました。すると元夫はしばらくして鮮やかなご守護をいただくと同時に、元妻のあまりにも変わった姿を目の当たりにして感激、再びプロポーズしたのです。そして、なぜ彼女はそんなに変わったのか。彼女をそこまで変えた天理教とは一体どんな宗教なんだと興味を持ち、、数ヶ月後、2人でお、ぢ、ば、が、え、り、、ご主人は別席を運んでお、さ、づ、け、の理を拝戴、晴れてよ、う、ぼ、く、となりました。そしてこの夫婦、新たな人生の再出発にあたり、今後の人生を人様のお役に立ちたいと、オーストラリア大陸のど真ん中にある有名なエアーズロックに近い、先住民アボリジニの人たちが集団生活する小さな村に入って、アボリジニの人々の教育や社会生活を支援する活動を行うことになりました。数百マイル四方、何もない荒れ果てた砂漠地帯の中での不便で過酷な生活環境ですが、人のために尽くす喜びを感じながら、「世、界、た、す、け、」の志を持って、夫婦で心を揃えて、勇んで頑張っておられます。次に、アフリカの教友の話をします。8年以上前ですが、アフリカのウガンダから天理教語学院に入学するためにお、ぢ、ば、が、え、り、した留学生がいました。ちょうど私が寮長として勤めていた海外ふるさと寮の寮生でもありました。語学院卒業後は修養科を志願、英語クラスで3ヶ月間、熱心に努めていましたが、ちょうどその年の英語クラスの一期講師を私が勤めるという偶然が重なり、彼とは何か深い縁があると感じました。修養科修了後、所属教会でしばらくの間、青年として伏せ込み。ウガンダへ帰国後まもなく、「長年ウガンダで布教し、現地信者を丹精していた日本人布教師が日本へ引き上げた」ことから、その彼が布教所長を継ぐことになりました。数年後、彼からメッセージが届きました。彼によれば、布教所長となって以来、地元の人々が少しでも幸せに暮らせるようにと、天理教ひ、の、き、し、ん、団を立ち上げて、様々な活動を行い、中でも、最も力を注いで38いるのが井戸掘り活動だと教えてくれました。その当時、ウガンダは深刻な水不足に見舞われ、自宅近くで清潔な水を利用できる人の割合が、全人口のわずか%。世界ワースト3位にランクされるという悲惨な状況で、今なおその状態は続いているそうです。私は3年半ぐらい前から『天理時報』の「おやのことば/おやのこころ」のコラムの執筆をしています。ある時、このウガンダでの井戸掘り活動を紹介したところ、思わぬ反響があり、大勢の読者から支援の申し出があり、集まった支援金を定期的に現地へ送金し、その資金をもとに、井戸建設、井戸掘りのための機器や資材の購入に充てています。彼によれば、この活動を始めてからこれまでに9基の井戸が完成し、それぞれの村に寄贈され、そのおかげで今では1万2千人以上の村人たちが、安全で清潔な飲水の恩恵を受けているということでした。言うまでもなく、この井戸掘り活動の根底にあるのは、まさに「世、界、た、す、け、」の志です。支援金を寄付する方々も、井戸掘り作業に直接関わる現地の教友たきょうだいちも、一れつ兄弟姉妹としてのたすけあいの心で、水不足に苦しんでいる7○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか11人々に喜んでもらいたいと力を合わせ、その結果として、1万2千以上の方がたすかっている、まさに目に見える「世、界、た、す、け、」の姿であると喜んでいます。(『天理時報』立教年月日号に関連記事)ここまで紹介した、オセアニアやウガンダの教友の方々は、ほんの一部の例にすぎません。他にも似たような境遇で、「世、界、た、す、け、」の志を胸に、一生懸命に教祖の教えを伝えたい、広めたいと努力されている方々は、世界中にたくさんいます。もちろん当教会に繋がる皆様の中にも同じような境遇で、「世、界、た、す、け、」を意識しながら日夜、誠真実の心でに、を、い、が、け、・お、た、す、け、に励んでおられるよ、う、ぼ、く、・信者の方々が大勢おられるに違いないと想像しています。▼この道の御用は、ことごとく、「世、界、た、す、け、」に繋がっているただ、ここで皆様に心に留めていただきたいことは、今ご紹介した方々は、お、ぢ、ば、から遠く離れた海外で生活しているがゆえに、「世、界、た、す、け、」の志を持ってそのために努力されているので18610は決してないということです。海外在住のよ、う、ぼ、く、・信者の中には、一応信仰していることになっているが、所属の教会と疎遠になり、同じ地区に住む教友と全く関わりを持たず、世間の常識に流れ、世間の人と同じように、この道の信仰とはかけ離れた日常を送っている方々も決して少なくありません。逆に、お、ぢ、ば、から遠く離れた場所に住んでいようが、お、ぢ、ば、から近いところに住んでいようが、毎日の生活の中で「世、界、た、す、け、」の志を持ち、様々な御用を勇んで勤めておられる方々は、山ほどおられます。「世、界、た、す、け、」の御用は、日本にいようが海外にいようが、この地球上のどこに住んでいようとも、私達がその気になれば心一つでできると信じています。それでは「世、界、た、す、け、」の御用とは、一体何でしょうか?どのように進めていけば良いのでしょうか?教祖はた、す、け、一、条、の道として、つ、と、め、とさ、づ、け、を教えられました。その意味では、本日、一、手、一、つ、に陽気に勤められた月次祭のお、つ、と、め、も、「世、界、た、す、け、」の大きな御用の一つと申せます。実際におてふり・鳴り物を勤められたお、つ、と、め、奉仕者の方々はもちろん、参拝場で心を一つに熱心にみ、か、ぐ、ら、う、た、を唱和された参拝者の皆さん方も、「世、界、た、す、け、」の御用を共々に担ったことになりましょう。もちろん、お、つ、と、め、だけではありません。に、を、い、が、け、・お、た、す、け、こそは、「世、界、た、す、け、」の直接的な御用であると申しても過言ではないでしょう。金銭・物品のお供えもそうです。また、それぞれの教会・布教所・地域社会で実行されている様々なひ、の、き、し、ん、もそうです。草むしりや落ち葉掃き、トイレ掃除も洗濯も、食事の準備片付けも、たとえ布教伝道に直接関係ないことであっても、それが「世、界、た、す、け、」の御用に携わっている方々の役に立っていると信じて行うのであれば、どんな些細なことであろうとも、どんなに平凡なことであろうとも、それは「世、界、た、す、け、」に繋がっていることになり、「世、界、た、す、け、」の御用を担っていることになると私は信じています。そういう意味から、私達は、たとえ日本にあっても、ここ瀬戸内海地方にあっても、「世、界、た、す、け、」の尊い御用に大いに関わっているのだという自覚と誇りを持って、それぞれの御用を勇んでつとめるべきでしょう。▼「世、界、た、す、け、」の問題点一方、海外の地でも、名実ともに「世、界、た、す、け、」の現場に身をおいて、実際に「世、界、た、す、け、」の御用に日夜、努力されている教会長・布教師・よ、う、ぼ、く、の皆さんが毎日の生活の中で、異国の地・異文化の地にあるがゆえの、数えきれないほどの様々な問題に直面しながら、どうしたら現地の人々が教祖の教えを受けいれ、お、つ、と、め、を勤めてくださるようになるんだろう。どのように導けば、お、ぢ、ば、に帰り、別席を運び、お、さ、づ、け、の理を拝戴してよ、う、ぼ、く、になってくださるのだろう。そしてどんな丹精をすれば、共々に「世、界、た、す、け、」の志を持って、人たすけしてくださるようになるのだろうと、現場にいたらそんなことばかりを考え、試行錯誤を繰り返しているに違いありません。それではここで、海外布教の現場で直面する様々な問題についてお話しします。海外布教の初期の段階では、布かさおか立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号8○教対象が日本から移民した日本人が中心でしたので、日本の天理教をそのまま海外へ持ち出すという方法が用いられたと考えられます。しかし教えが様々な国・地域に広がっていくに従い、その方法が通用しなくなってきました。つまり、非日系人社会に浸透しようと試みると、従来の日本的な方法では受け入れられないことが徐々にわかってきました。教えは素晴らしいが、日本的すぎてついていけないという非日系人信者が増え、せっかく教会に足を運んでも、徐々に足が遠のき、しまいには二度と来なくなり、切れてしまう。そうなって初めて「受け入れてもらうには、世、界、た、す、け、を進めるためには、教理とは直接関係のない基本的なものをその国に合った受け入れられる形に変えて行わなければならない」となってきたように理解しています。しかし、なんでも片っ端から変えても良いのかと申しますと、もちろんそうではありません。絶対に変えてはいけないものがあります。つまり、変えていけないものと、変えても良いものを吟味・検討し、現地の人々が納得し、受け入れやすいようにすることが求められます。もちろん、これは国や地域文化や習慣などによって異なりますから、対応方法も国地域によって多少は違ってくると考えられます。日本国内にいて、こうしたことに直接関係のない方には、なかなか理解できませんが、先ほどから申している「世、界、た、す、け、」を推し進めるためには、こうしたことを少しでも理解できる、理解する努力を少なくともする必要があるのではないかと感じています。少し具体的な例を挙げます。本日は、月次祭が勤められましたので、この月次祭について考えてみると、まず変えてはいけないものとは、教祖が直接教えられたものです。例えば、お、つ、と、め、のメロディーやリズム、手振り、鳴り物の演奏方法など、これは、どこの国にあってもどの時代にあっても変えてはならないもので、教祖が教えてくださった通りにしなければならないでしょう。逆に、変えて良いものを考えてみると、例えば、祭儀式の形です。ここは日本ですからお、ぢ、ば、と同じように上段に円座を置いてその上に正座をして祭儀式を務められますが、海外では、円座の代わりに椅子を使う教会がますます増えてきました。私の居たオセアニア出張所も最初から椅子を使って祭儀式をつとめていました。お、つ、と、め、を勤める場合、鳴り物を勤める方も皆、椅子に座って勤めます。もちろん、八足も脚の長いものを使用します。それが良いのか悪いのか、円座を使えばご守護をいただけ、椅子を使ったらご守護はいただけないのか?そんなことはおそらくありません。日本は、高齢化社会となり、足の悪い方がますます増えていますが、今のままでは、足の悪い人、正座ができない人は、お、つ、と、め、奉仕ができないということにも繋がりますが、もし椅子を使うことになったら、そういう足の悪い方でも、月次祭でお、つ、と、め、奉仕をすることができるようになるわけです。日本においても、今後、そういう教会が増えていくことが、容易に想像できるでしょう。また、お、つ、と、め、の服装はどうでしょう?日本ではお、ぢ、ば、と同じようにお、つ、と、め、衣を着用されます。これは、教祖のご在世当時の正装であったと言われています。韓国や台湾では歴史的な背景から、日本的なものは禁止された150時代があったことから、以来、お、つ、と、め、衣の代わりに教服を着て、月次祭を勤めておられます。もう一つ例を挙げると、これは、最も難しい問題かもしれませんが、それは、お、つ、と、め、の地歌です。ご承知のようにお、つ、と、め、の地歌であるみ、か、ぐ、ら、う、た、は、今から年以上前に、教祖が大和言葉で教えられたものですが、日本語が分からない外国の方々には、到底理解できません。入信すると、まずお、つ、と、め、を覚えることが求められますが、日本語が分かろうが分からまいが、地歌やメロディー・手振りを覚えなければいけません。ところが地歌の意味が分からないから、なかなか覚えられない。そこに難しくて複雑な様々な手振りがあるから、ますます分からない。さらには、座りづとめに始まり、よろづよ八首から十二下り目まで長々と続くから、外国人にとっては、お、つ、と、め、を全て勤めるのはほとんど不可能と途中で諦めてしまうことが実に多い。想像してみてください。もし、み、か、ぐ、ら、う、た、が、例えば英語で書かれていたらどうでしょう?私達日本人にとっては、外国語である英語のみ、か、ぐ、ら、う、た、を覚えなければなりません。皆さんは、9○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか簡単にできると思われますか?外国の信者さんたちは、そういうハンディを背負いながら何とか、み、か、ぐ、ら、う、た、の地歌を暗記しよう、手振りを覚えようと並々ならぬ努力をしています。韓国では、韓国語のみ、か、ぐ、ら、う、た、を使ってお、つ、と、め、を勤めます。ご本部の大祭や誕生祭前後、本部の朝づとめ後の教祖殿でのま、な、び、に詣ると、韓国の信者さんたちが、大きな声で韓国語のみ、か、ぐ、ら、う、た、を歌いながら、一緒に踊ります。殿内は日本語と韓国語のみ、か、ぐ、ら、う、た、の両方が聞こえてきて、多少なりとも違和感を覚えるでしょう。韓国の場合は、お、つ、と、め、衣の事情と同じように、終戦後、日本的なものは全て排除され、日本からの布教師は強制的に日本への引き上げを余儀なくされたそうですが、それに伴って、日本語で書かれたみ、か、ぐ、ら、う、た、を使うことを禁止されたという事情があり、韓国の信者さんたちは独自に韓国語のみ、か、ぐ、ら、う、た、を作り、以来、お、つ、と、め、を勤める時は、韓国語でみ、か、ぐ、ら、う、た、を唱えるしか方法がなかったという歴史があったということです。それをよしとするか否か、いろんな意見や考え方があります。韓国語のみ、30か、ぐ、ら、う、た、が許されるのであれば、他の外国語でも同じようにしたいという意見が、他の国地域からも当然ながら出てきます。ちなみに英語での試み、「英語で歌って踊れるみ、か、ぐ、ら、う、た、」、(Singable,DansableMIKAGURAUTA、略してSDM)という試みが、アメリカ・ハワイの2世・3世の教会長を中心に、年ほど前から始まっています。日本語の文法に大変よく似た韓国語とは違って、英語などのヨーロッパ言語は、そう簡単にはできないのが現状です。しかし、一方では、教理とは直接関係ない基本的なものを、その国にあった受け入れられる形に変えていくという考え方をよしとせず、日本国内の天理教のやり方をそのまま海外に持ち出すことが、親神様のご守護を頂戴できる最善の方法であるという考え方もあります。椅子も使わない。教服も着用しない。地歌も教祖が教えられた言葉を教祖語と捉え、日本語のままという具合です。皆様はどういう考え方をお持ちでしょうか?ここまで申したことは、ほんの一部の例に過ぎませんが、その他にも、これに似た問題は、「世、界、た、す、け、」の現場には山ほどあり、その最前線では、教会長・布教師の皆さんが、日夜それこそ身を粉にして、布教伝道を進めています。海外でのそうした「世、界、た、す、け、」への苦心を思えば、日本に住み、この教えが日本語で説かれ、み、か、ぐ、ら、う、た、も日本語で歌われ、日本語で人から人へと教えが伝えられる、そんな環境の中で育ち、信仰を深めてきた私達は、そのことをまず喜び、そうした苦労をする必要のない分、もっと積極的にもっと勇んで「世、界、た、す、け、」の志を持って、日々の様々な御用に取り組むことが求められているのではないでしょうか。▼今できるところから、「世、界、た、す、け、」の御用を推し進めてここまで「世、界、た、す、け、」について、その意味合い、それに向かって先人先輩たちの辿られた道、その志を胸に活躍する海外教友たちの姿、さらには、その現場で直面する様々な問題など、具体的な例を挙げながら話してきましたが、最後に、私自身の「世、界、た、す、け、」への思いを少しばかりお話しします。私が最初に「世、界、た、す、け、」を強く意識したのは、大学を卒業して、本部海外布教伝道部(現在の海外部)に入部して2年目に入った頃でした。ある日突然、アラビア語を習得するために3年間エジプトに留学せよとの御命をいただきました。アラビア語が話されている国・地域は、ほとんどがアラブ・イスラム圏で、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教以外の宗教は認められず、布教活動も禁止されている国・地域で、公に布教活動しようものなら、死刑になる国もあるほどです。そんなところですから、もちろん信者は一人もいません。なぜエジプトなのか、なぜアラビア語なのか、アラビア語を勉強してどうなるんだ、その時の私には、親の思いが全く理解できませんでした。このエジプト留学の話は、いかにも強面で口の悪い、しかし、人間的スケールのとてつもない、当時の海外布教伝道部次長であった某先生からの、有無を言わさない命令でした。2代真柱様に仕込まれたその先生は、某大教会長でもありましたが、その教会はインドネシアに布教所があり、長年インドネシアで布教活動を続けていました。その布教所の元となったのは、その大教会所属の1人の青年が太平洋戦争かさおか立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号10○110>で招集されてインドネシアに出征したことから始まります。しかし、出征まもなくして終戦。普通ならそのまま復員・帰国するところを、その方は「世、界、た、す、け、」の志からか復員せずに、そのままインドネシアに残り、現地で布教する道を選んだそうです。インドネシアは、イスラム教徒が人口の約9割を占めるほどのイスラム教の国で、公に布教活動などできない国です。しかしその方は、その後、現地のインドネシア人女性と結婚して家庭を築き、布教所を開設、屋外に音が漏れないようにひっそりと小さな声でお、つ、と、め、を勤め、家族親族を中心に、細々と、に、を、い、が、け、・お、た、す、け、に励まれたそうです。当然、布教の成果は一向に上がらない。そんな状況を長年にわたって目の当たりにした理の親でもあるその某先生は、親神様の思し召しである「世、界、た、す、け、」を進めていく中で、天理教が最終的にぶち当たる大きな壁はイスラム教だ。「世、界、た、す、け、」を実現するためには、そのイスラム教の壁を避けて通ることはできない。ならば今後か、3百年先あるいは5百年先か。その来るべき将来のために、今からイスラム教の本家本元の言語であるアラビア語を話し、イスラム教に通じる人材を数名育成するんだと壮大なプロジェクトを立ち上げ、実際に押し進められていたものです。私は、その熱い思いをその先生から直接聞いて、初めて親神様の望まれる「世、界、た、す、け、」を強く意識し始めました。そして、そのプロジェクトの一員として、私は、エジプト・カイロに派遣され、丸3年間、アラビア語を必死に勉強し、帰国後、教祖年祭を挟んで、次はアメリカの大学院で2年間、アラビア語とイスラム学を専攻し、帰国後は、海外部の翻訳課で細々とアラビア語の翻訳に携わっていました。しかし、いくら教義書の翻訳をすすめてみたところで誰がそれを利用するのか、アラビア語話者の信者さんなど皆無だったことから、翻訳課での御用もアラビア語は徐々に後回しとなり、それよりも目の前に需要のある英語での御用が急速に増えていきました。そんな中、教祖年祭が勤められてまもない頃、突然オセアニア出張所の設立準備を命ぜられ、その後、所長としてオーストラリアでの御用に専念することになりました。私の頭の中には、い100つの間にかアラビア語のことなど完全に忘れ去られ、以来、アラビア語に全く触れることなく、数年が過ぎ、アラビア語を使うことはもう二度とないだろうと確信していたのです。ところが、オーストラリアから引き揚げてしばらくして、天理大学へ出向となり、思いもよらぬ形で再びアラビア語を使う機会が訪れました。その一つは、天理大学には夕方に社会人向けに開講されているイブニングカレッジというプログラムがあり、その1言語として週1回、アラビア語のクラスを担当することとなり、今学期も4名の方々にアラビア語を教えています。もう一つ、ちょうど1年前、天理大学は天理市とJICA関西(独立行政法人国際協力機構)、その3者間の連携に関する覚書を1年前に締結したのですが、その締結活動の一つとして、今後5年間に天理大学の柔道部OB及び現役選手を長期及び短期のボランティアとしてエジプトに派遣し、エジプト柔道ナショナルチームを強化するというプログラムが立ち上がったのです。そのプロジェクトの担当員として、エジプトの留学経験がありアラビア語が話せるという理由から私に白羽の矢が立202030ち、今年3月柔道部の穴井監督とともに、実に数年ぶりにエジプト・カイロを訪れる機会をいただいたのです。5日間ほどの短い滞在でしたが、錆びついたアラビア語が日に日に戻ってきて、留学当時の日々を懐かしく思い出すとともに、その当時に、強く意識していた「世、界、た、す、け、」への熱い思いが私のところに再び蘇ってきました。それと同時に親神様が望まれる「世、界、た、す、け、」実現のために、今の時代では考えられないような3百年先とか5百年先とか、そういうところを見据えながらの人材を今から育てるという熱い思いを持って推し進められた壮大なプロジェクトの一員であったことを心から誇りに思うとともに、ロマンに満ち溢れた壮大な「世、界、た、す、け、」のその思いを忘れることなく持ち続け、次の世代に伝え、いつの日かアラブ・イスラム圏での布教伝道が展開される日を楽しみにしながら、今できるところから、「世、界、た、す、け、」の御用を推し進めていかなければならないとあらためて思いました。以上、ここまで「世、界、た、す、け、」について、長々と話しましたが、最後に、11○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか140本日の話を締めくくるに当たり、現在の時旬について、一言お話しします。現在の時旬は、教祖年祭の三年千日活動の真っただ中にあり、その第1年目が終わろうとしているところです。諭達第四号には、私達よ、う、ぼ、く、が今取り組まなければならない、つ、と、め、について次のように具体的にわかりやすくお示しくださっています。よ、ふ、ぼ、く、は、進んで教会に足を運び、日頃からひ、の、き、し、ん、に励み、家庭や職場など身近なところから、に、を、い、が、け、を心掛けよう。身みじょう上、事情で悩む人々しんみには、親身に寄り添い、お、つ、と、め、で治まやりを願い、病む者にはお、さ、づ、け、を取り次しんぎ、真にたすかる道があることを伝えよう。ここに示されるよ、う、ぼ、く、の務めは、本日お話ししたように全て「世、界、た、す、け、」に繋がっており、立派な「世、界、た、す、け、」の御用だと考えられます。皆様方には、この事を心に留めながら、年祭までに残された2年数ヶ月の日々を共々に喜び勇んで、それぞれの「世、界、た、す、け、」の御用にお励みくださることを心より希望して、本日の私のつとめを終えたいと思います。最後までご清聴いただきありがとうございました。和やかな懇談の後で足立先生と海外部員十一月月次祭祭文これの笠岡大教会の神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原明勇慎んで申し上げます親神様の子供かわいい一条の親心と陽気ぐらしができるようにとの自由の御守護を賜り日々は結構に恙なく生活させて頂いております事は誠に有難く勿体ない極みでございます私共は喜びと感謝の心一杯に日夜御礼申し上げると共に親心にお応えするべくたすけ一条の御用の上に努め励ませて頂いておりますその中にも今日の吉日はたすけの元立てとお教え頂くおつとめをつとめる日柄でございますので只今からおつとめ奉仕人一同喜び心も一入に明るく陽気に勇んで坐りづとめてをどりをつとめて十一月の月次祭を執り行わせて頂きます御前には今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供たちが相共にお歌を唱和し日頃の御高恩に改めて御礼申し上げる様をご覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて先月二十九日には「ようぼく一斉活動日」の第一回目が開催され教会系統を越えて同じ地域のようぼくが寄り集い教祖百四十年祭に向かっての思いを共有させて頂きましたまた今月三日は婦人会が移動例会として伏せ込みおぢばがえりを実施させて頂きました来る二十五日には第九十七回青年会総会がおぢばにて開催され更に来月三日には青年会笠岡分会総会を開催致しますまた本日は足立正文先生にお越し頂き「海外伝道講習会」を開催させて頂きますお聞かせ頂くお話をしっかりと心に治め世界いちれつたすけたいとの親の思いに少しでも近づかせて頂く所存でございます何卒親神様には旬にふさわしい成人を目指しひたむきにたすけ一条の真実を尽くす皆の誠の心をお受け取り下さり万たすけの上に更なる自由の御守護を賜りましてお望み下さる陽気ぐらしの世の状が一日も早く実現しますようお導きの程を一同と共に慎んでお願い申し上げます1123婦人会立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号12○ホットテラステラスマルシェ開催方々、本当にありがとうございました。拝して、会員さん同士、楽しく勇んでせていただきたいと思います。また次回、一人でも多く大教会に参語り合っていただけるよう、がんばら(ホットテラス担当西村由理子)婦人会笠岡支部(上原きよの支部長)ホットテラスは、月日、大教会でテラスマルシェと銘打って行事を開催、神殿で参拝、担当者のあいさつの後、ハンドマッサージやピラティス(一種の自重トレーニング)・花占い・足湯等の癒しのブースと、手作り品やパン・花の苗等の販売ブースを設けて開催しました。また、スーツ姿で胸にはバラを刺したステキな会長さん方による「ダディーズカフェ」では、スイーツをいただきながらおしゃべりもでき、真心のこもった癒しの時間となりました。名という大勢の会員さんが参加してくださり、アンケートでは「また開催してほしい」・「時間がもっとほしかった」という声があり、担当者一同とてもうれしかったです。開催にあたって、自分の癒しはおいといて、マッサージやネイルに励んでくださった会員さんたち、大勢の子供たちの託児ひのきしんや、おいしいランチを作ってくださった婦人会の27かさおか13○立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号かさおか1218青年会笠岡分会総会開催青年会笠岡分会(瀬藤大喜委員長)は月3日「青年会笠岡分会総会」を開催。委員人を含む、青年会員人の参加があった。今回の総会は「あなたと会いたい、笠岡で」をテーマに、9時分から全員で座りづとめ・よろづよ八首を大教会長様のお手に合わせてつとめさせて頂き、その後式典が行われた。3043青年会並んで始まりを待つ委員大教会長様のお手に合わせて式典は中山大亮青年会長様よりビデゴゲームの3種目で争い、他のブロッオメッセージ、大教会長様ご祝辞、そクの得点をはるかに上回り圧勝したのして今期新委員長となった瀬藤大喜さは髙屋ブロック。優勝した髙屋ブロッ31ん(歳、大惠山分教会教人)の挨拶とクには、今期笠岡分会のテーマである続いた。「つながり」という関連から、景品とこの日は、女子青年が女鳴り物をつして〝ツナ〟缶と〝ガリ〟ボリ(お菓とめ、婦人会が昼食のから揚げを準備。子)が渡された。たくさんの方々の協力を得て、賑やか瀬藤委員長は「これから笠岡につなにつとめる事ができた。がる委員さん、会員さん方と一緒に『心小休止をとった後、各ブロック毎のを澄ます毎日』のキッカケを提供でき6チームに分かれてのクイズ対抗戦でるような青年会を歩んでいく事が楽し盛り上がった。ジャンルクイズ、人気みです」と語っている。駄菓子のランキング当てゲーム、ビン(委員余村元)青年会長様よりのビデオメッセージ最後に、新旧委員会のバトンタッチ新委員長・瀬藤大喜さん挨拶かさおか立教186年(令和5年/2023年)12月21日第62巻第12号14○立教百八十六年十一月月次祭祭典役割表祭主大教会長様上原浩扈者横山逸郎内海史郎賛者三代温生指図方上原繁道講話海外伝道講習会春季大祭講話板倉知幸先生区分役割地方おつとめてをどり笛ちゃんぽん拍子木太鼓すりがね小鼓琴三味線胡弓坐り勤前半後半上原志郎中島誠治佐藤道孝田林久嗣今川昌彦森本忠善岡﨑治喜山田敏教谷内秀自大教会長様谷内伸自岡﨑真一前会長様上原浩中村道德上原繁道虫明立生横山逸郎大教会奥様武内正美門脇加津前奥様谷内美知子中村初美田中ますみ吉岡八恵室悦子佐藤真孝淺野明教上原繁次吉岡誠一郎高木昭祥岡﨑治喜吉岡壽三島渉赤木素志中村剛岡田誠佐藤真孝谷内秀自三代温生杉原善朗中村義太郎田中隆之内海史郎佐藤香苗岡﨑豊子三島照美上原順子横山小智榮山野なつ今川佐智子田中つかさ上原千枝子112269◆モロッコ地震、リビア洪水救援支援募金の報告この度笠岡大教会で、北アフリカで起こった自然災害の救援支援の募金をお願いしてまいりましたが、月日の募金期日までに129,008円が集りました。支援をするのに様々な機関がありますが、この度は教会本部の動きがなかった為、以下の所に募金が生きてくるように寄付をさせて頂きました。トルコ地震に際して早急に現地入りし医療救援を始めているアムダ☞☞(AMDA)69,008円リビアに対して食料を中心に救援支援を始めているWFP(国連世界食糧計画)60,000円皆様の真実の寄付金を有難うございました。会長室・海外部訃報三代幸さん米府分教会前会長月日出直されました。享年才1021140今年も残りわずかとなりました。この一年間を振り返って考えると、教祖年祭の三年千日の1年目のスタートから自分が教会長のお許しを頂いて、2月に奉告祭を無事に有難く終えてから後の自分の通り方にとてももどかしい思いが沢山あった。それは、日々の生活や仕事が主になってしまって、教会として掲げた活動目標のにをいがけやおたすけとおさづけの取り次ぎが思うように出来なかった事を踏まえて、もっと身近な人や家族からでも率先して行けるように頑張りたいと思う。まだまだ未熟な自分だが、何とか少しでも日頃から活動目標を意識する事や、新型コロナウイルスも5類に引き下がった事もあるので、率先してにをいがけや信者さん方にもおたすけに繋げる様に話をしたりして些細な所からでも努力していきたいと思います。(う)