かさおか 『かさおか』第39巻 第2号
創立周年三年千日スローガン諭達を実践しをやの理を戴こう本年の実践項目つとめに専心百万軒にをいがけ全教会で陽気ぐらし講座開催ひながたに見るよふぼく成人の道筋今自分は何をすべきか春季大祭講話大教会長様今日は春の大祭ということで理のお許しを戴いての本年最初のおつとめです今日この日に併せてしっかり今年一年の心定めをすることが一番よろしかろうと思いますので年頭に当たっての思いそして今年一年の活動の角目についてご相談を申し上げたい春季大祭の意義本日は春季大祭ということでおつとめをしましたがこの春季大祭の意義は何か教祖は五十年のひながたをお通りくだされなかなかおぼつかない私たち一人ひとりの成人を少しでも早めるために二十五年先の定命を縮めて御身をお隠しくださった今日はその一日今月はそういう尊い月です教祖が御身をお隠しくださったのはつとめとさづけをもって成人を早めるためですがどうしてつとめとさづけを急き込まれたのか教祖の五十年のひながたから考えてみましょうひながたひながた通らにゃひながた要らんと仰るようにひながたはよふぼくが目指すべき成めどう人の目標ですひながたの道を教祖は五十年歩まれ私たちには五十年ではなくその内の千日歩めばよいともお聞かせいただきましたがそのひながたとはどういうものなのでしょうか考えてみるとよふぼくにとってだけではなく私たち人間にとって大切な角目もひながたによって教えていただいておりますよふぼくとしての成人目標というだけではなく全ての人間が歩むべき道筋としてのひながたでありまた私たちよふぼくはそれに照らし合わせてどう歩むべきかということを思案しなければなりません天保九年十月二十六日親神様が教祖のお身体に入り込まれて月日のやしろとお定めになられたその日からひながたが始まりました月日のやしろになられてからは先ず貧のどん底に落ち切られましたそれは豊かな家庭でありながら周りにいる貧しい人をたすけてやりたいという思いからでしたが貧のどん底に落ち切るということだけではなくそこに大きな目的がありましたそれは貧に落ち切らねば貧しい者の気持ちが分からないということもあったでしょうが貧に落ち切ることによって心のほこりを捨て去ったならば自ずとこの世が親神様の御守護の世界であるということが判って心に明るさが生まれてくるということをお示しくださったということです次にお示しくだされたのはこかん様を浪速布教に出されたにをいがけですやがてをびやだすけによって御守護を現わしもとてくださるようになってからは教祖の許に集まってきた大勢の人におつとめを教えると同時にその人たちの中から教祖の思いに適った人におさづけをくださるようになりましたそしてつとめとさづけを急き込むために御身をお隠しになられましたよふぼく成人の道筋教祖のひながたはその一つひとつに示された意味合いを思案しなければなりません心のほこりを捨て去ると親神様の御守護の世界に気付き生かされる喜びに目覚めるということを貧に落ち切った姿によって現わしてくださったと申しましたがそれでは他のひながたにはどんな意味合いが込められているのでしょうかよふぼくになる私たちよふぼくが歩むべき目標を一つひとつ教祖のひながたに照らし合わせて思案するとたんくとよふぼくにてハこのよふをはしめたをやがみな入こむで十五号と仰るように私たちがおたすけをする上においては親神様教祖が私たちに入り込んで働いてくださるので入り込むということに関して考えれば教祖が月日のやしろになられたということが私たちはよふぼくになったということになると思います心の欲を捨て去るそれではよふぼくにならせていただいて先ず何をすべきかということになりますと前述のように貧に落ち切る心の欲を捨て去るということが大切な角目になってきますよふぼくになるとつくしはこびをしますがそれらの一つひとつが私たちの心のほこりを払う手立てになってきますところが一生懸命つくしているのに全然心に明るさが生まれてこない御守護の姿が見えてこないということもありますこれはそのつくしが果たして欲を捨て切る姿になっているのか思案しなければなりませんこれだけすればこれだけ御守護がいただけるとか御守護をいただくためにはということでやっていたのでは本当に心のほこりを払うということにはなり得ないのではないでしょうかさあ今月はをしいのほこりの心を御供させていただきますというような気持ちでつくしはこんで意識的に心のほこりをしっかり払わしていただいたなら心が澄み切って自ずと心に明るさが生まれてくるのではないでしょうかひのきしんにをいがけそうして心に明るさが生まれてきたなら次に何をするかと申せば浪速布教を通してお教えいただいたにをいがけですそれではこのにをいがけとは何かと考えてみるとひとことはなしはひのきしんにをいばかりをかけておく下り目一と仰るようににをいがけはひのきしんです心に喜びを抱いたらひのきしんをしなさいと教えてくださったのがこの浪速布教ではないでしょうかひのきしんということになればいろいろと方法がありますゴミ拾いもボランティア的なものもひのきしんでしょうしかし一番理の重いひのきしんの姿はにをいがけであるということで昨年は百万軒にをいがけというひのきしんに繋がってきたわけです昨年のようぼく躍進地方講習会で世界だすけひのきしんと仰っていただきましたが正しくここに大きな理があるのですですから欲を払って喜べるようになればひのきしんをさせていただくことが大切でそのひのきしんの最たるものはにをいがけであるということですつとめとさづけこうしてひのきしんにをいがけをしていると困っている人が目に付いてくるはずですそういう人におさづけのお取り次ぎをさせていただくとひのきしんが理作りになって不思議な御守護を頂戴できるということに繋がってきますおさづけは自分が救け主ではなく親神様教祖がよふぼくに入り込んで働いてくださいます私たちよふぼくのつとめはお話をお取り次ぎしおさづけを取り次がせていただくことであってそのことによってたすかるかどうかは親神様のお心次第なので私たちは何も心配せずにしっかりお話をお取り次ぎしおさづけを取り次がせていただいたらよふぼくとしての使命は果たせたということになりますそうする中に私たちの真実助けられる人の真実私たちの理作りをお受け取りくださって不思議な御守護を見せていただけるのです御恩報じの道しかし助けていただいて助かったと喜んでいるだけではひながたを通ったことにはなりません大切なのはここですここで済んだのでは道が付いたことにはなりませんやはり教祖が不思議な御守護を現わされて助けられた人が御恩返ししたいと言うてもと教祖の許に集まってきて御恩報じの道を教えてくださったからこそ道が付いたのですおやまとしかも大和事件に示されるように助けられたにも拘わらず大勢の人が離れてしまった助けられた人の試しをされていますもしその時真実に御恩返しをしたいという人が残らなかったら今のこの道は付いていませんつまり単に不思議な守護を現わされたからだけではなくむしろ御恩報じをしたいといって集まった人の真実が見定められて初めて道が付いたのですこうして考えると今私たちが信仰しているこの道は大きな御守護を戴いた私たち人間の方から御恩報じの道として付けていただいた道だと言えるのではないでしょうかこの道は御守護を戴く道ではなく大きな御守護を感じているからこそ歩ませていただく御恩報じの道だということをしっかりと思案させていただきたいその御恩報じの方法として教えていただいたのがつとめとさづけでしたつとめ場所の普請が済み御恩報じをしたいといって集まってきた大勢の人たちにさあ人さんたすけなされやと人だすけを教えられました御恩報じの方法は人だすけだと教えられたわけです因縁納消の道それではなぜおつとめを急き込まれたのでしょうか今心一つの理にかしものかりものの御守護を戴いて私たちはこうして生かしていただいておりますが本当に十全の御守護を頂戴できるような心の姿なのでしょうか私たちの心一つの理は人間創造の時から生まれ変わりして今日があると聞かせていただきますがその生まれ変わりする人間の歴史は戦争の歴史人殺しの歴史であるということを考えてみれば私たちは今どれほど深い因縁を持っているか判りません澄み切った心一つに十全の御守護を戴いてこそ陽気ぐらしができるのであってもう既に十全の御守護を戴けないような心の姿があるのではないでしょうか親神様の御守護に変わりはありませんが私たちが御守護いただけないような魂を持っているというのが現実ではないでしょうかそうした中で御守護を現わしていくためには何が必要かということで元の理の理を現わすためにおつとめが必要になってきたわけです御守護いただけないような私たちを少しでも守護してやりたいという思召からつとめというものが必要になってきました法律よりも何が大切なのか御守護が大切だ人間生きていなければ法律さえもない生きることの方が何より大切か御守護いただくことの方が大切ではないかだからつとめをせよと急き込まれました神様の御用としてではなく私たち自身が御守護を戴く手立てとしておつとめを教えてくださったのですおつとめをつとめさせていただいているからこそ少なくとも今日私たちはこうして結構に御守護を頂戴して置いていただけるのですしかし因縁が深いので済まんが一つ二つは今生因縁を見てくれと身上事情に見せていただいておりますもともと御守護いただけないような深い因縁を持っていることを考えれば一つや二つ見せていただく因縁はホンの些細なことですむしろそれさえも親神様の大きな親心あればこそ生かしていただいているという今の姿から何もせずに放って置いても十全の御守護を頂戴して陽気ぐらしができるという姿に立て替えてやりたいという親心で見せていただいている身上事情なのです確かに身上事情は苦しいそれはお互い様ですしかしそれさえもたすけてやりたいという大きな親心で見せていただいている姿ですからむしろそのことによって少しでも因縁を納消し御恩報じをさせていただこうと思案するその歩みが大切なのです身上を御守護いただくことももちろん大切ですがそれを通して御恩報じをすることが大切だからこそつとめをしなければなりませんよいと思いますこのことを思案して今年一年の働きの角目とさせていただくことが今日一日の春季大祭の大きな意義だろうと思いますおさづけの取次またつとめを急き込まれたのと同時に教祖お一人だけで人をたすけるのではなくよふぼくを作りその一人ひとりに入り込んで世界たすけを早めたいという思いから御身をお隠しになられたのですですから私たち一人ひとりがしっかりおさづけを取り次がせていただくということが教祖が働きやすい環境を作ることになるわけで親神様教祖にお働きいただき十全の御守護をお見せいただくためにはおさづけを取り次がせていただかなければ働きようがありません教祖は私たちに入り込むために御身をお隠しなされたのです私たちがたすけるのではないのですから安心しておさづけを取り次げばよいのですよく自分は徳がないから御守護がないとかわたしのおさづけは効きませんとか言われますがそんなことは関係ありませんそういうのは逆にこうまんです自分がたすけると思っているからそう思うのです自分がたすけるのではないのでこうまんの心を捨てて素直におさづけをお取り次ぎさせていただいたらそれで共に御恩報じの道を歩むこの道は不思議な御守護を戴いただけで付いた道ではありません日のおたすけで御守護いただいて喜ぶだけではなくそれを一つのきっかけとして一緒に御恩報じの道を歩むことがひながたを歩む最後のつとめになってくると思います自分がおたすけをするだけではなくそれによって助かってもらった人に少しでも一緒に御恩報じの道を歩もうと共に歩む道を教えていくことが大切だと改めて申し上げたいともすれば御守護いただいてよかっただけで済んでしまっているのが今のお道の姿ではないでしょうかむしろそこから御恩報じとして共にお道をしっかり歩んでいくことこそがひながたに示される一番大切な角目であると心に置かしていただきたいゆっくり一歩ずつ歩もう現代はスピード時代インスタント時代ですが誰しも一足飛びに成人できるものではありませんお互いまだまだ因縁が深いのでじわじわとゆっくりと年限掛かっても成人させていただくことも大切ではないかと思います学校のスピード授業に着いていけない生徒はいじめや登校拒否おちこぼれになりやすいかも知れませんがこの道は成人に着いていけなくてもスピード時代だからこそ逆に腰を据えてじんわりと成人の歩みを進めることが必要なのではないかと思います今年はどういう一歩か昨年はにおいが掛かろうが掛かるまいがとにかくひのきしんにをいがけということで百万軒にをいがけこれが先ず成人の第一歩だったわけです何十年もおたすけをされている人から見れば物足りないと思われる方はたくさんおられるでしょうがよふぼく一人ひとりが成人していこうと思えばさあ着いてこい着いてこいと成人を促してもなかなか成人できるものではありませんですからお互いに手を取り合ってゆっくりと一歩ずつ成人していこうということで百万軒にをいがけもあったわけですということで皆さん方一歩成人させていただきました今年はそれに加えてつとめに専心百万軒にをいがけ全教会で陽気ぐらし講座開催これをもって昨年よりもう一歩前進した成人の歩みをさせていただこうと申し合わせたいと思います百万軒にをいがけは昨年と一緒です百万軒は達成できたから去年と同じ数でよかろうでもよいでしょう今年は数を増やそうというのもよいでしょうよふぼく一人ひとりが動くというのが旬の御用ですから私は動いたが今年はあの人を誘って一緒に歩こうというのも今年の一つの成人に繋がってくるのではないでしょうかそれと同時に昨年は声は掛けなくてよいポストに入れるだけでよいと申しましたが今年は一歩前進して声を少し掛ける機会を設けたらどうかなということで陽気ぐらし講座開催ということですこの陽気ぐらし講座は講師の先生もいろいろとおられるので天理教の布教に限ったことではなく天理教の話を交えずにこの世はどういう素晴らしい世の中かということをとうとうとお話しくださる方もおられますですからお道とは関係ない人も誘いやすいと思いますお話だけではなく歌手や手品師も講師として御本部の方で用意しておられますので気軽に声を掛けるきっかけにしていただきたいと思いますせっかくにをいがけに出てもなかなか天理教ですとは声を掛けにくいかも知れませんが開催会場は教会ではなくても各個人宅でも公民館でも市民会館でも結構ですので今日みんなで会話をしようとかちょっとした集まりがあって歌手が来て歌ってくれるのよ手品があるのよどうとか言って声をかけるきっかけにしたらよいと思います最近ではインターネットやメールで世界中に顔が見えない友だちを作っておりますがその反面生きていく上で一番大切な自分の身の回りの人との関わりが疎遠になっているのが現実ではないでしょうか百万軒にをいがけで声を掛けるということはこの一番大切な今自分が生きている身の回りに知り合いを増やしていくということにも繋がってくると思いますということでしっかりと声を掛けていただいて陽気ぐらし講座を開催していただきたいと思いますもう一つつとめに専心というつとめは今日申しましたように私たちは御守護いただけないような中を御守護いただくためのおつとめを教えられた通りにつとめさせていただくまたそれに近づかせていただくことも大切だろうと思いますのでしっかりおつとめの練習などをしておつとめが充実するように今年一年つとめさせていただきたいと思います春季大祭祭文これのの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原理一慎んで申し上げます親神様には一列子供の陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたいとの思召からこの世と人間をお創造になり長の年月かけてお育て下さいましたしかるにその親心が分からず我が身勝手に暮らす状をご覧になり月日にはたんくみへるみちすぢにこわきあふなきみちがあるのでと思召され教祖を月日のやしろとお定めになりこれの世界たすけの道をおつけ下さいました私共は教祖を通してお示し頂いた陽気ぐらしに向かうひながたを辿るべく日心のほこりを払いひのきしんに励みお教え頂いた通りにおつとめを勤めおさづけのお取り次ぎを通してたすけ一条の上に邁進させて頂いておりますその中にもこの月は教祖が一列子供の成人をお促し下さる上から二十五年先の定命をお縮めになり御身をお隠しになられた尊い月に当たりますので只今からおつとめ奉仕者一同心を正し親の思いに添い切って明るく陽気に勇んで座りづとめてをどりをつとめて春の大祭を執り行わせて頂きます御前には今日の日を楽しみに寒さ厳しき中を厭わず寄り集い季節の雪解けと共に人の心の雪解けをも待ち望む皆の真実の状をご覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて本年年頭に当たり真柱様より昨年は諭達巡教やようぼく躍進地方講習会を実施してよふぼく一人ひとりが動くことを願ったが今年はお互いよふぼくであることやそれぞれの持ち場立場を自覚して昨年の講習会が無駄にならないよう活動を進めて欲しいとの思召をお聞かせ下さいましたので笠岡に於きましては昨年の百万軒にをいがけ達成の実績をふまえ創立百十周年に向かう三年千日の二年目に相応しく更なる実動の年と位置づけ一つとめに専心一百万軒にをいがけ一全教会で陽気ぐらし講座開催を実動の柱として申し合わせ世界たすけに邁進させて頂く覚悟でございます又昨年は成人鈍い私共に関わらず初席者百七十一名おさづけ拝戴者七十八名修養科修了者四十二名教人登録者一九名の御守護を戴き誠に有難うございました今年新たに初席者二百名おさづけ拝戴者百十名修養科修了者五十名教人登録者三十名を心定めさせて頂いて今年の実動が心定め完遂の理作りになるよう皆の心を一つに揃えて明るく勇んで勤めさせて頂く所存でございます何卒親神様には御恩報じを念じたすけ一条に邁進する皆の誠真実の心をお受け取り下さいまして万たすけの上に自由の御守護をお現し下さりたすけ心の真実が世の人のたすけ心をも呼び起こして一列の子供が睦び助け合う陽気ぐらしの世の状に一日も早くお導き下さいますよう一同と共に慎んでお願い申し上げますそれと同時にそれぞれのつとめ教会長役員よふぼく信者それぞれの持ち場立場がありますがその持ち場立場のつとめもいろいろあると思いますがそれを言われたからするというのではなく自ら求めてさせていただくということもこのつとめに専心ということに繋がってくると思いますこれらの一つひとつをお互いに歩み切らせていただくことによってまた一つ去年より一歩成人した姿を私たちは作らせていただいて親神様教祖にお喜びいただくことができるのではないかと思いますどうぞ皆さん方できない人が先ずしっかり動いていこうまた少しできる人も一緒に動いていこうということが一つの大きな旬の動きではないかと思いますのでできる方はどんどんやってくださって結構ですそういう人たちはどんどん引っ張っていっていただければとも思いますので宜しくお願いいたします以上要約文責編集部大教会だより辞令付登用雅楽奉仕人今川昌彦藤井保人本多正悟佐藤みちよ立教年定期巡教表訂正福中月武内清久津月武内清呉福月佐藤道孝甲井月佐藤道孝葦沼月中村邦義教会長資格検定講習会修了者後期終講芳井杉原ひさの稲瀬三宅幸恵第期修養科募集要項修養科期間月日教養掛ヶ月間ヶ月目ヶ月目ヶ月目中村剛大教会役員久松分教会長横山逸郎東城分教会長山成友司稲富士分教会長佐木滋郎福廣分教会長募集要項志願者は月末日現在で満歳以上で下表の必要書類を携え上級教会を経由して大教会に順序参拝すること月日までに笠岡詰所に入所し教養掛の面接を受けることヶ月の修養期間を修了後は大教会での修養科修了講習会を受講し日の昼食後に解散教科書必須おふでさきみかぐらうた天理教教典稿本天理教教祖伝よふぼく手帳参考書出来れば持参おてふり概要なりもの練習譜笛打楽器または三曲おやしき史跡案内携行品おつとめの扇筆記用具認印笛男鳴物の講義で笛と小鼓の内笛を選択する人のみ服装ハッピ及び帯バンド長ズボン又はそれに類するもの靴書類大教会順序参拝票別席願席札別席のしおり大教会御供本部御供おさづけの理拝戴願おはなし大教会御供本部御供修養科入学願修養科入学事由書修養科入学御供住民票または戸籍抄本詰所備考初席願の順序参拝がまだの者で修養科入学後に初席を運ぶ者のみ願書に日付を入れない事おさづけの理拝戴願の順序参拝も合せて行なう別席の誓いの言葉は別席の誓いの日までに覚えることおさづけの理拝戴願の順序参拝がまだの者で修養科入学後におさづけの理を拝戴する者のみ願書に日付を入れない事御供は任意であるが慣例により円以上戸籍記載事項証明書身分証明書でもよい前会長様老奥様五年祭執行去る一月三十日大教会祖霊殿にて四代会長故上原郁雄大人三代会長夫人故上原くにゑ刀自の五年祭が執行されました祭主の島村廣義先生大教会世話人は午前十一時総勢二十七名の楽いざな人の奏楽に誘われ祭官を従えて入場されました参拝者は縁りある芦津大教会長様御名代玉島大教会長様を始め上原家家族親族四十名大教会役員部内教会長ら八十名が集い奏上される祭詞に心を傾けました老会長様と共に笠岡教団の繁栄をお導きくださった老奥様その後を引き継がれて部内の隅にまで丹精の親心をお注ぎくだされた前会長様それぞれの霊様の前に一代をお導きいただいた旧い教友たちまたこれからの道を担う若い人たちも共に感謝と誓いの祈りを捧げたことでしょうなお足下の悪い中また遠路ご参拝くださった皆様方接待奏楽のひのきしんに当たってくださった皆様方にこの場をお借りしてお礼を申し上げます祭官祭主島村廣義先生指図方武内清扈者田中一之岡本久善賛者中村邦義佐藤道孝楽人雅鶯会主管以外は順不同鞨鼓佐藤みちよ太鼓黒瀬修弍鉦鼓今川昌彦箏虫明立生笙掛谷宣和藤井正仁武内清明高島定彦本多一男余村健仙田公男篳篥北川治史藤井保人猪原啓介高島寛森本忠平森本重吉森本忠善龍笛猪原啓文田中隆之枝廣隆文矢田哲一高橋徳行余村修中島誠治山野弘実渡邉孝信神殿墓地関係神事部受付並に偲草吉岡壽笹尾正治接待御親族関係田中一之門脇誠教岡本久善役員部内教会関係佐藤道孝吉岡壽中村剛青年会御親族送迎今川昌彦淺野明教記録写真岡﨑和夫岡﨑真一春の学生おぢばがえり友とおぢばへをやに心をつないで本年も月日に春の学生おぢばがえりが開催されますこれは道につながる全ての学生が年に一度おぢばに帰り集う日であり真柱様より直に道の学生にお言葉を戴く機会でもあります教祖が真柱様を芯としてよふぼくを使って推し進めくださる陽気世界ふしんの道筋を考えるとき真柱様が学生に対して年に一度お話しくださるお言葉を学生自身が春の学生おぢばがえりに参加して聞かせていただきその思いを身に治めることは必ず陽気世界ふしんの歩みを早めることにつながると信じますこの春の学生おぢばがえりは一人ひとりの信仰を深める場合わせて道の同世代の仲間と親睦を深める場としても意義付けられています春の学生おぢばがえりへの参加は各教区が企画している団参をご利用いただきたいと存じますが諸般の事情により教区からの団参に参加できない方は直属の学生担当委員会でもお世話どりさせていただきますのでご遠慮なくお申し出ください興明分教会吉岡誠一郎までまた笠岡の学生担当委員会が企画している直属アワーでは大教会長様より親しく学生へお話をしていただきその後は焼き肉やボーリングで笠岡につながる学生同士の親睦をはかっていきたいと思っております笠岡からは例年名くらいの参加者ですが大教会につながる学生の数からいうとまだまだ声が行き届いていないように思われますので例年に増してのご丹精をお願いいたします笠岡学生担当委員会委員長吉岡誠一郎内容月日教区によっては前後日に関連行事があります行事名時間会場式典真柱様お言葉午前時本部中庭直属アワー別席午前時笠岡詰所他後夜祭夕づとめ後東西泉水プール前広場むつみ鼓笛隊春の鼓笛講習会開催要項今年はこどもおぢばがえりのテーマが変わり御供演奏曲も変わります一人でも多くの子どもたちに参加していただき楽しい講習会をさせていただきたいと思います日時参加御供携行品平成年月日金午前時半受付時開講式月日月午後時半頃解散円担当の楽器着替え洗面具筆記具帽子防寒着おやつはこちらで用意します婦人会創立周年記念第回総会式典水午前時分本部中庭記念行事一手一つ喜びのパレード日時月日夕づとめ後コース真南通り南礼拝場前第食堂前東筋講演会日時月日時分会場第食堂第食堂会場東右第棟講堂会場天理大学杣之内第体育館会場東講堂会場天理市民会館会場写真展期間月日日開場時間午前時午後時会場東左第棟階日教祖誕生祭祭典後但し日総会式典後日月次祭祭典後全会員こぞっておぢばへ教祖御誕生祭団参月日月日木婦人会各ブロックからもバス団参を企画しておりますふたことみことうァーまた一杯じゃーあっこが空いとるでーいけナーまた入ったで教会近くの食料品スーパーでの私と家内の毎回の会話このスーパー広告は一切出さないその分値引きをしているのか他店と比べて全品かなり安い最近遠方からの買物客も多く駐車場所を確保するのも大変だ重い荷物を持って歩きたくないのが人の常少しでも店の近くに停めたいのだが車が多くてそうはいかない遠くに停めざるを得ないのだしかし必ず店の真前に駐車している奴がいるこの店ではここに停めると出る車が出にくくて苦労するのだ我さえ良くば今さえ良くばの風潮に流れと諭達第一号でお諭し頂いている人事ではないナと思う日だ