かさおか 『かさおか』第41巻 第6号
教祖年祭を目指し道の後継者の育成を念頭に邁進しよう学生層育成者講習会講話学生一人一人に月に一度は声をかけよう本部学生担当委員松村登美和先生本日は育成者講習会ということで学生一人一人に月に一度は声をかけようということをお願いしたいと思います学生層の育成といっても実際何をどうしたらいいのかまた学生層の育成というのは難しい厄介だと思ってしまいますがとりあえず学生に月に一度声をかけるまずそこから始めようという話しです十のもの半の理で九つ半まで消す学生層の育成についてお話しするときよく引き合いに出されるおさしづがあります明治二十六年六月十九日平野トラ身上願というおさしづですが前略日という遠く所より又年の寄らん者一寸や若い者寄り来る處厄介世界から見れば厄介なれど道から厄介ではない道から十分大切道は遠かろが言わんたすけ一條と言うこれ聞き分け十のもので九つ半大切にして半分だけ出けん十のもの半の理で九つ半まで消すよう聞き分け喜ぶ者は少ない成る事情いんねんであるいんねんというは面倒いなる者も寄せる寄せる皆運ばすも同じ理出て救けるも内で救けるも同じ理いんねんならどんな者もいんねん道の處は重掛かりこれから先掛かりの者そこで入り込む年の行かん者我子より大切そうしたなら世界からどういう大きい事に成るやら知らんすればそんだら何が間違うてある日という言葉一つというこれ聞き分けてくれるよう明治二十六年ごろは非常に教勢がありどんどん外へにをいがけに出ていたときでしたが郡山の教会ではいろんな身上事情の方を預かっておられ平野トラ奥様がその方の面倒を見なければなりませんでした当時は外に出て行ってなんぼの時代で教会の中でずっと人の面倒を見ることが布教だとは思ってもらえませんでしたのである若い方を教会で預かるという話しになったときにも躊躇されたようですこのおさしづでは若い者というのは世間一般で見れば厄介だけれどもお道の上から考えたら厄介ではなくとても大切だと神様が仰る訳ですおたすけを全部で十とすれば外に出てのにをいがけおたすけは九つ半で残り半分ができていないそれは何かと言えばつながった人達の後継者を育てるということこれをしなければいくら一生懸命外ににをいがけに廻っても代が変われば全部ごっそりいなくなってしまうからまた一からやらなければいけないということをこのときにすでにご指摘くだされています若い者を喜んで中に入れて育てていく人は余りいませんが長い目で見たときに学生に限らず道の後継者の育成は本当に五分五分で大事なことだと思います思春期反抗期は丹精の絶好期こどもおぢばがえりには少年会員だけで例年十五万人くらいの帰参者がありますが十五歳までですから一学年あたりで考えると一万人の子供がおぢばに帰っている計算になりますところが春の学生おぢばがえりには今年はちょっと多くて四千七百名の学生さんが帰られましたので高校大学の七学年でならべると一学年六七百人になりますこどもおぢばがえりの十五分の一程度ですそこで少年会から育ててきたそれぞれの子供達の育成が教会でできているかと考えると子供の頃はおとまり会やおぢばがえりに来てくれていた子供達が小学校の高学年くらいからだんだんと足が遠退いてくるのが分かりますクラブ活動だ塾だアルバイトだということで昔は来ていたのにだんだん見なくなる二三年経って高校大学に入ると偶然出会っても姿形から大きく変わってしまっている会長としたら昔のように声をかけにくくなるということもあるでしょうこの辺も月に一度声をかけ続けるということは大きいメリットがあるのではないでしょうかもう一つ言えるのが昔は素直だったのにということが頭に浮かぶでしょう昔は素直だったのに最近文句を言うとか親の姿を批判するとかいろいろあるでしょうそうこうして上手く答えられなくて放っているうちに何となくどこかへ行ってしまうこともあるのではないでしょうかその子達が親なり教会からちゃんと神様の話しを聞いているかといえばなかなかそうでもないでしょうそんなとき我が思ってしまいがちなのがいずれわかってくれる親が一生懸命やっていたら親の姿を見ていつか気が付いてくれる事情が起きたときにまたお道に帰ってきてくれるというようなことでこれは希望的観測なのではないでしょうかしかしこの子供達が親に対する批判を言いだす昔は素直だったのに変わってくるというのは我の目から見ればただの厄介な姿ですが人間が育っていくうえで当然越えていかなければならないハードルだと思います子供達というのは小さい頃は親の言動をそのまま見て育っていくので心をうつすように育てましょうといいますが思春期反抗期の十四五歳の頃になると子供達は親から無条件に受け入れてきたものの考え方を一回全部チャラにするこれが人間の心理的な成長の正しい在り方だと言われていますどんな子でも遅かれ早かれそういうときがやってくるそれは何かと言うとそれを通り越して批判するということは自分の中で考えている訳です親はこう言ってるが本当にそうなんだろうか俺はここがおかしいと思うというのは反抗しているだけではなくて彼らが自分自身でその答えを探している時期なのですその時期に大人が中途半端な姿を見せたり怒ってごまかしたりするとこれは逆効果だと思います何かきれいなこと言ってるけどやはり中身は違うやないかと子供は思ってしまう彼らが反抗する時期というのは我にすれば丹精をする絶好の旬でありまた彼らにとっても成長していく絶好の旬である我大人がその時期を何となくやり過ごしてしまうというのはみすみすその好機を見逃しているということになるのではないでしょうか伝道の極致は求道一時期オウム真理教や法の華三法行に若い人達が大勢入りましたまた十七才の事件というのが取り沙汰されましたが十七歳の事件を起こす子達の言い分は存在感を感じられない自分が何者なのかわからないということです彼らは真柱様が御諭達で仰る確かな拠り所を求めているのです存在感がない何をしたらいいのか分からない何を信じていいのか分からないこれが絶対だという何かを求めているその結果オウム真理教や法の華三法行に行ってしまうのではないでしょうかそんな中で我はこのお道の教えをしっかりと聞かせていただいているのですからそれを伝えていかなくてどうするのかと思いますもう一つ学生層の育成ということで厄介と思いがちなことは例えばお父ちゃん陽気ぐらし陽気ぐらしって信者さんには言ってるけど家族の前ではいつもプンプン怒ってるなぁというような親の姿に対する疑問です言われる方にとったら厄介ですがここが大事なところでいったい何が学生さんに伝わっていくのかといえば布教にしても縦の伝道にしてもやはり自分自身の信仰ではないかと思います今学生生徒修養会が評価をいただいていますがそれは何かと考えてみるとスタッフの正面きった人間性とでも言いましょうか学生達に対して自分の間違っている所わかってない所も全部さらけ出して共に育とうとする姿勢が伝わっているのではないでしょうか天理大学成人会が発会した昭和二十八年二代真柱様は伝道の極致は口先で云することではなく道を求めることである伝道の極致は求道だと思うのであります究極的には求める態度をそのまゝ伝えるすなわち伝道即求道なのでありますというようなことをお話しくださっていますこれは布教にしても縦の伝道にしても結局伝わっていくのは自分の姿勢だということです学生層の育成も一緒で厄介だ厄介だと思っているとき一番厄介なのは大人自身のそういう癖性分弱さそれが厄介なのではないでしょうか厄介だと思ったときにこそ自分の信仰を試されているまた自分の信仰を学生が育ててくれているというくらいの気持ちで育成に当たっていくとその学生さんは育っていくのではないでしょうかまずは学生会の行事を活用しよう同じくらいの年代の学生さんが何人かいてそこでいつもわいわいとやっていけるような環境であれば教会でも学生を育成できるでしょうが実際はやはり難しいでしょう大教会に集めてやろうとしても大人と生活範囲の違う高校生ではなかなかそうもいかないやはりその地域教区やおぢばで行事があるときにとりあえず参加させるだけでも大きい効果はあると思います天理教学生会の行事によく参加する子達に何がそんなに楽しいのかと尋ねると天理教をしている仲間がいるという答えがよく返ってきます同じことに悩み戸惑っている仲間がそばにいるという安心感でしょう学校では信仰に対する思いを友達には話せないし話しても分かってもらえない普段は信仰について話しができる仲間がいないけれども学生会にはそういう仲間がいるからそこへ行く安心して自分のことを出せる悩みを聞けるということです学生会の行事を通して大きな御守護をいただき信仰をつかんでいったとか道から離れようとしていた子が学生会の行事を通して立派なよふぼくへと育っていったというような話しは珍しくありませんそういう育ちの場が学生の集まりにはありますので是非お声をかけていただきたいと思います来る来ないではなくまず教会として学生に声をかけていただく第一歩としておぢばや教区の行事を使っていただけたらと思います声をかけてからその芽が吹いてくるのは十年先かも二十年先かも分かりません学生層の育成というとどうしても高校大学の内にどうにかしようと思ってしまいがちですがそうではなくて長い目で人を育てて行くそのための第一歩をこれから始めるんだというお気持ちで月に一度は学生さんを見付けて声をおかけいただきたいと思います月日全教一斉ひのきしんデー輝美濃分教会長谷内伸自やればできる二日前の予報では高い降水確率でしたが前日にはゼロと変わり当日十二日は清しい好天に恵まれ心地よいひのきしん日和となりました頂上に岐阜城がそびえる金華山の麓岐阜公園が会場でした三ヶ所に設けられた受付には次と参加カードを出して記念の軍手とティッシュをもらいホウキを手にゴミを集める人しゃがみこんで楽しく語らいながら草を引く人若い人の中には川の中に入って空き缶を拾っている思いくに作業が進められましたたまたま知事さんが犬の散歩をされていましたので声を掛けしばらく立ち話をさせてもらい毎年この時期にひのきしんをさせて頂いていることなどを話しました処大変喜ばれ感謝して頂きました一緒に写真にも収まって下さいましたので嬉しい限りでした記念品を差し上げ参加カードにも記入していただきました新聞社の取材も受け翌朝刊に載っておりにをいがけの一助になった事と思いますこの日の目標千三百人を掲げておりました処一二六六人が参加して下さり感激でした全教会へ巡回をさせて頂き管内ようぼくを対象にした機関誌を通し更には全ようぼく家庭へ案内ハガキを出すなどあらゆる手だてをしたことが功を奏したのではないかと思っております私共の教会でも当日朝にもを掛けたりして呼びかけを行いました二月に生まれた赤ちゃんを抱いて参加してくれた若いお母さん普段は何処へも行かない八十八才の私の母も楽しく参加してくれました表統領先生のメッセージの中でひたむきにひのきしんに励む喜びの姿はいずれ多くの人の喜びとなり陽気ぐらし世界実現のご守護を頂くもとになると信じますと仰有っていますいつでも何処でもひのきしんをさせて頂ける自分でありたいと思います翌週十九日には組で会場を設けており共に参加させて頂きましたひのきしんの途中から小雨になりましたが誰ひとり止める者がなく黙と除草に励んでいました四会場合わせ六百を超える参加者があり前回を合わせ千九百余の多くの人に参加して頂きました心定め二千名には届きませんでしたが一昨年が八百人昨年は七百人だったことを思えば倍以上になり努力の甲斐がありました次と親から流して頂く御声を素直に受けとめお応えさせて頂く努力を今後もさせて頂きたく思っております月日日青年会笠岡分会自転車団参佐藤真孝去る五月二十四日夜自転車団参に参加すべく十数名の青年会員が大教会の青年会室に集いましたそもそもこの自転車団参を企画した目的は新委員会発足にあたり委員の心を一つに揃える為のものでしたが新委員会に賛同して下さる会員さんの方も加わり更に勢いづきました翌朝四時一同が道中の無事を祈念してのお願いづとめの為神殿に集まろうとしたとき委員の平盛さんが栄養ドリンクをかかえて激励に来て下さいました彼は残念ながら今回の団参には都合がつきませんでしたがこのような心寄せで我の士気は大いに高まり夜明けを待たずして一路おぢばへと旅立ちました一行は備前付近までは大したアクシデントも無く順調にペダルを踏み続けていたのですが船坂の峠にさしかかった頃より次第に遅れをとる者が出てきましたそして姫島まで来たときついに二三名の者が体力の限界を訴えましたそこで森本孝志副委員長が主だった委員を呼び寄せこの度の自転車団参の意義を問い直し傷ついた方への配慮という点において心を一つにさせて頂こうと呼びかけましたそうしてある者はおさづけを取り次ぎ又ある者は励ましの言葉をかけ傷む箇所を懸命にさすってあげたりとお互いの出来る限りを尽くしましたその甲斐あってか体力の限界をとうに越えているはずの方が驚異的な頑張りを見せ二十六日祭典中ついに全員でおぢばに到着することができました南門前で神殿に向かって一礼すると誰からともなく互いに握手を交わし感涙にむせんでいましたその後南礼拝場にてお礼のおつとめを済ませ私たちは今回の自転車団参のもう一つの目的を果たす為に青年会本部へと向かいました実はこの度の新委員会の方針として布教と求道を推進する上から是非とも全分会布教推進週間の初日に総会を開催すべく委員会例会にて話をまとめていましたしかし青年会本部の委員さんにその旨を打診したところ総会願書の提出を控えるようにとの提言がありましたそして再度例会にて練り合いやはり却下されることを覚悟で布教推進週間の初日開催の願書を提出しようといういきさつがありました一行は青年会本部に到着すると本部委員長さんにお会いし総会開催についての主旨を申し上げ願書をお渡ししましたそれから三日後どうでもこうでもという笠岡分会の皆さんの思いを受け取りました総会開催という方向で話を進めて下さいとの連絡を青年会本部より頂きました私たちの新委員会は今ようやくスタートラインに立ちました月日日全委員部長講習会婦人会五月二十二日二十三日の二日間にわたって開催しました初日には大教会長様より道の台としての婦人の在り方や日の心遣いなどについて懇ろにお話をいただきました続いて笠岡市教育相談室の髙田芳信氏が現代の親と子の関係といったテーマに基づき不登校児童や児童虐待といった昨今の問題の根底にあるものを例をあげて説明しながら話しました子供を不幸せにする一番手近な方法は欲しがるものを何でも与えること又親が子に手をかけすぎることが結果として子供のやる気をなくすことになる等子育てに悩む親へのお救けに役立つ話でしたその後年代別に分かれてのねり合いをしました夜は門脇加津島根中村満子久松虫明好美陽備の感話をききました翌日大教会奥様のお話に先立って上原順子陶山が世界がもし人の村だったらという本を紹介年二回のバザーに関連しての衣料救援活動は国際救援活動の一つとして私達にできるささやかな世界救けであることを話しました大教会奥様は四月の第回婦人会総会における真柱様のお話をもとに前婦人会長様の御遺志に応えさせていただこうとの思いを熱く述べられましたこの後奥様のお話及び昨年度の活動について等の班別ねり合いを行ない後に全体に発表して閉講しました受講生にたずねたアンケートには二日間教会を留守にすることの大変さと合宿したことでお互いに親しくなり楽しかったという両方の気持ちが表わされていましたきっとこの貴重な二日間に学んだ数のことが今後各教会の道の台としての活動に生かされることと思った次第ですこころの詩くれないとき寒桜うす紅に季節つげる雛もささやく午後のひと時薫風を得て舞い泳ぐ鯉のぼり幼なの瞳が両手がおどる保津川の新緑を逢い行く嵯峨野眼下の舟人手を振り返す亡き人を偲びつゝゆく寒河江路のがっさん月山いまだ白き水無月みぎわふる里の蛍火湧きいず汀にて幻想のなか宇宙子となる東悠分教会田林美智子月日笠岡市文化連盟に加盟雅鶯会去る五月二十八日雅鶯会雅楽部楽長谷内伸自が笠岡市文化連盟に加盟しました笠岡市文化連盟は昭和三十七年文化活動団体が集まって結成され今年で四十年を迎えました常時活発に様な催しなどを行っており加盟団体数は七十を超えました雅鶯会はすでに百年以上の歴史を刻んで居りますが度この連盟に加盟の申込みをしながら仲受諾されずに今に至った訳ですが去る五月二十五日創立四十周年を祝う記念式典が行われたのを期に新規加盟団体として受け入れられました入会したのは市内在住の祭典奉仕者十名をはじめとする総員二十八名ですこれからは笠岡市文化課又文化連盟が主催する発表会などに堂と出演出来ることになり土地処の人との交流にをいがけなどに道が開けて来るものと考えられます往くくは市内の学校の音楽の授業などにもつながりを持ち或いは秋の名月観賞の夕べなど多くのグループ団体が出演する舞台への出演機会も出来て日頃の研さんの成果を示す中で大教会の存在を市民にアピールすることにもなるものと期待がふくらみます今後とも大教会につながる皆様の御声援御支援をお願い申し上げます今私のところでは大往生吉舎分教会長時宗一実今私のところではの原稿をと言われてさてさてさてピタリとペンが止ってあっという間に早や一ヶ月切間近そうだこの話しか無いとようやくペンを持ちいざスタート心に浮んだその話とは前会長である私の父より幾度となく聞かされた私の祖父吉舎分教会初代会長時宗才一郎の出直の時の様子であります昭和十三年冬二月の大変寒い日吉舎の駅へ人を見送りに出て帰って来るなり震えが止らなくなり高熱が出て二週間程で急性肺炎の為出直したそうです今晩が山ですと言われたその日当時二十歳だった父が手をにぎりお父さん今上下から皆んな来てくりょってじゃけぇ頑張りんさいよと言うと止まりかけていた脈が再び動き出すそんな状態をくり返えしながら最終電車でようやく上下分教会より会長様他九名の方が駆け付けてくださいましたその方一人一人に何さんかどうもありがとうあっ何さんもありがとうありがとうと声を掛け御礼を述べてその当時唯一人の信者さんだったおばあちゃんが会長さんさぞかししんどうござんしょうのぉと声を掛けるとはぁーまるで死ぬ時の様にしんどうござんすよと皆んなを笑わせてその当時流行していた歌を鼻歌まじりにあそれなのにくと口ずさんで父の手を握って一善後は頼んだぞと言って息を引き取ったそうです極貧の中四十過ぎの女房を残し二十歳の子供を頭に四人の子供を残して出直して行く時の気持はいかなものだったろうか如何ばかりだっただろうかと思った時その出直さまの様の何と見事なそれは正に大往生と言えるものだったそうであります神様にお引き寄せ戴いてそして精一杯に通り切り神様の御教えを信じ出直を信じ切っていないと出来ない出直の様だなぁーとそんな父親を誇りに思い自分の息子私に話して聞かせる父そんな父を通して祖父の事を誰よりも尊敬し誇りに思わせて貰っている私です父前会長もお父さんの様な見事な出直をさせて貰いたいものよのぉと話しますがその話を私も又今年高校三年生になる息子に話して聞かせています息子もすごいなぁーと感じる所がある様です我が教会自慢はこうして初代様の話を心底尊敬して語り継いでゆける事だと思っていますさてさて今歩む私共の生き様がこの出さま直の様に恥じない様一生懸命歩まなければと改めて思い返しながらペンを置かせて頂きます福山分教会で会長就任奉告祭執行笠岡支教会が設立のお許しを頂いた翌明治年月日玉島福山髙屋神邉の四教会が揃って名称設立のお許しを頂いた大教会では昨年創立周年記念祭をつとめ了えたが本年創立周年を迎える四教会はそれぞれに記念の月次祭や記念祭を執行するその口火を切って去る月日福山分教会が六代会長就任奉告祭並びに創立百十周年記念の祭を続いて月日神邉分教会が記念の月次祭を無事つとめ了えた髙屋分教会は月日に記念の月次祭を大教会に陞級した玉島は月日に記念祭をそれぞれ予定しているここに福山分教会の記念の祭の様子を報告していただいた月日大教会長様奥様前奥様武内岡本両ご随行の先生の御臨席を頂き余名の参拝者と共ににぎやかにつとめさせて頂きました当日は前日の夏を思わせるような快晴に反してのどしゃ降りで色先案じをしましたがおつとめが始まる前には上がり当初予定していた通りに進みました奉告祭をつとめるに当たりおつとめの完修と万軒にをいがけ陽気ぐらし講座開催を記念祭の年としての活動方針と定めましたそしてまずはおつとめ奉仕者からおつとめを勉強し直そうということで大教会長様を講師にお迎えしておつとめについて鳴り物について又祭儀についてお教え頂きました現在も毎月月次祭前日をおつとめ練習日と定めて陽気なおつとめがつとめられるようそして今後は部内教会へ赴いておつとめが完修出来婦人会による踊りるようつとめる予定にしております奉告祭に参拝して下さる方に如何に喜んで頂けるかを練り合った結果昔の写真の展示と余興の最後に福引きを計画しました写真については旧神殿当時のものが見あたらず又古い時代は写真が小さく展示するには見にくいという問題などが起きましたがパソコン処理でネガサイズの写真でも大きく引き伸ばす事ができたおかげで年輩の方には当時を懐かしむ声が聞かれ大変好評でした余興では鼓笛隊の演奏に始まり台湾の方の歌ダンスや手品等があり最後に福引きをしました商品は各教会より持ち寄って頂いた物でタンスや自転車テレビデオや扇風機等様な商品に歓声が上がり賑やかな当日であったように思われます奉告祭を通してどんどん教会に寄って頂き新会長様と共に成人の道を歩んでいきたいと思っております花束贈呈期間受講対象受講御供持参品プログラムお問合せ主催英語講習会って知っていますかかれこれ今回で回目を迎えます英語が好きな人もまたそうでない人も楽しく英語を学びましょう外国からゲストもやって来ますパソコンも使いますお楽しみ行事も終わる頃には英語で夢を見る人も募集要項月日月午前時受付日水午後時頃解散中学年生以上高校生大学生一般円英和和英辞典筆記具着替え洗面具パソコンを使った英語の学習英会話おつとめレクチャーひのきしん詳細はスタッフの香取雅人吉岡誠一郎連絡下されば大門駅まで送迎します天理教海外伝道部岡山県立教年こどもおぢばがえりテーマ期間おやさとによろこびいっぱいひのきしん月日金月日日列車団体直轄福山久松月日日髙屋月日月日詰所模擬店月日日月日いずれも午後時時半食べ物たこ焼きかき氷フライドポテトゲーム輪投げスーパーボールすくい回円青年会婦人会少年会各ブロックひのきしんの皆さんのお力添えをお願いいたします五月月次祭祭文これのの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原理一慎しんで申し上げます親神様の親心溢れる御守護とお導きを頂いて季節は確実に春から夏へと移り変わろうとしておりますし年頭から始まった教祖百二十年祭に向けての成人の歩みも昨年並みとは行かないまでも一歩一歩着実な歩みへと進みつつあります事は誠に有難く勿体ない極みでございます私共は日身上や事情に戸惑いを感じながらもだんくとせかいぢううをしんぢつにたすけるもよふはかりするぞやとの成って来る理に込められた親心に浴し喜びを感じつつかしものかりもののお礼と共にご恩報じを念じて日夜たすけ一条の上に届かぬながらも精一杯つとめさせて頂いておりますその中にも今日の吉日はこれの教会にお許し下された五月の月次祭を執り行う日柄でございますので只今からおつとめ奉仕者一同喜び心も一入に明るく陽気に勇んで座りづとめてをどりをつとめさせて頂きます御前には五月晴れの陽気に心躍らせつつ今日の日を楽しみに寄り集い共にお歌を唱和し日頃の御高恩に改めて御礼申し上げる皆の状を御覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げます又道の後継者育成を推し進める為今月は直轄巡教をさせて頂きましたがより活発な動きになる事を願って本日は本部より講師をお招きし学生層育成者講習会を開催させて頂きますお聞かせ頂いた事をしっかりと心に治め実動へと繋げていく所存でございます加えて明日明後日は婦人会全委員部長講習会を開催し練り合い等を通じて道の台としての後継者育成を目指す所存でございます更には又一名一人に心の自由を許されていながら世上の常識やお金身上事情等に囚われ視野が狭まり心の自由を失って助け合えなくなっている現状を見るにつけ少しでも心の自由を取り戻し助け合う心になって貰うべく私共一人一人が世界救けの用木との自覚を一層高めたすけ一条に邁進させて頂く覚悟でございます何卒親神様には旬の親の声に素直に添いきる皆の誠真実を受け取り下さいましてたすけ一条の上に尚もの自由の御守護を賜り未だ道知らぬ人をお引き寄せ下さいましてお望み下さる陽気づくめの世の状が一日も早く実現しますようお導きの程を一同と共に慎んでお願い申し上げますチョちょ一寸の話しつい最近わが町町の目抜き通りの一角でちょっとした珍事が起きたある民家の母屋へサッシの窓を突き破って野生ジカが乱入して来たのです母屋の中を駆けまわり又又サッシを突き破り出て行ったそうです家の中はグチャグチャ何の断わりもなく謝罪もなくまぁシカたないかと言ったとか言わなかったとかそれと時を同じくして近くの国道に熊が出没し車と衝突してそのまま逃げたとのニュースが流れた車はかなり修理代がかかった事だろう持ち主はクマッタクマッタと言ったとか言わなかったとかだんだんと野生の動物達の住処が狭まりこんな珍事が起るのであろう地球全体に目を広げれば加速度的に進む環境破壊野生の動植物にとってもひいては人類にとっても由しき事態になりつゝあるのでは我が身にしてもここ数年前より突然悩まされ始めた花粉症アレルギー症状等考えさせられる最近ですそれにしてもやはり地球的規模で何かがおかしいオカシイ前号引用