『かさおか』第63巻 第10号

Last Updated on 2024年10月21日 by kasaoka44

○1立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号かさおか発行所天理教笠岡大教会かさおか編集掛笠岡市用之江377郵便番号714-0066(0865)電話66-1311FAX66-1314天場山分教会昭和29年10月27日豊榮町分教会設立平成6年8月26日移転改称立教187年10月号かさおか立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号2○2114021布教推進講習会開催9・祭典後布教部(田中隆之部長)は、9月日祭典講話に替え、村田幸喜先生(本部准員、布教部布教二課長、満州眞勇分教会長)を招いて、布教推進講習会を開催。講話要旨は次の通り。教祖年祭に向けた三年千日活動は、各教会が目標を立て、教祖の道を歩む重要な取り組みです。真柱様は、年祭当日に向けての努力が、教祖に喜布教部お話しくだされる村田先生7080130ばれることの意義を強調しました。まなく、歳を過ぎた人でも今からでもた、布教活動は、結果が見えにくくて何かを始めることができるのだと思いも信仰の実践を通じて教祖へのご恩報ました。じとなると述べています。そのため、教祖の教えに関する私の思いがあり個別訪問や様々な方法での布教を実践ます。ある先生が教祖に対し、子供のすることが大切であり、身近な人々にために苦労をかけて申し訳ないと伝え信仰を広めることが重要です。3代真たところ、教祖は「苦労でも何でもな柱様も、にをいがけおたすけが我々のいねやで。人に頼まれてしていること使命であると語り、目に見える結果にならまたやめるということもあるやろこだわらず、自分にできる範囲での努うが、人に頼まれてしていることやな力が自らがたすかるる道につながるといもの。やめるに止められんがな、通確信しています。らずにはおられへんがな。また苦労で1080私共の教会では、年以上にわたりも何でもないのやで」と語ったと記さ毎月「にをいがけの日」として活動をれています。この教えから、信仰の道続けています。その中で、歳を超えは他者に言われて行うのではなく、自た信仰初代の女性が、毎回参加しておらの意志で自発的に真心をもって尽くり、駅前でリーフレットを配るなど熱すことが重要であると思います。心に活動しています。最近の例会で、私は今回の三年千日の年祭活動におこの女性が自らの経験を語りました。いて、教会の様々な項目に取り組んで彼女は歳後半から信仰を始めたのでいますが、その中でも特に重要視してすが、彼女の息子の満席を報告しつつ、いるのが路傍講演であり、1100回過去の反省から他人のために何かをしの実施を使命として毎日続けていまたいと感じたことを明かしました。今す。路傍講演を行うこと自体に特別なからでもできることをしようと思い立意味があるわけではありませんが、ち、未信仰の友人におさづけを行いま年前の教祖年祭の際に、私が大きなした。すると友人はとても喜び、彼女節に直面していたことがきっかけで、自身も大きな感動を覚えたとのことで3年で1000回の路傍講演を決意しす。教会長や信仰の深い人々だけではました。その結果、実際に多くの不思1011010議な出来事が起こり、小さな教会でも初席者を名お与え頂く喜びを得たほか、神殿の修築や付属建物の建設も実現しました。年祭活動が終わった後も、コツコツと続けており、今までに1900回を達成しました。今回の年祭活動で1100回を加えると、年前からの合計が3000回になる見込みで、それを目指して日々努力しています。今朝も天理からおぢばに参拝し、JR天理駅で路傍講演を行い、現時点で2524回目です。この数は私にとって、教祖に喜んでいただくための実践の証であり、別席者ができるかどうかは重要ではなく、1回1回の実施が私の喜びになっています。さらに、続ける中で体調を崩すこともありましたが、親神様の御守護により活動を続けられていることの有難さを改めて実感しています。たとえ誰も聞いてくれなくても、三年千日の間続けることで教祖は私の心を受け取ってくださり、素晴らしいお働きを示してくださると信じています。布教活動において、私が続けやすい方法として選んだのが路傍講演であり、皆様も自分に合った方法を見つけて実践されてはどうでしょうか。例えば、個別訪問やリーフレッ3○立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号100かさおかト配り、神名流し、またはYouTubeやインスタグラムでの発信など、多様なアプローチが可能です。最近、私の後輩がYouTubeやtiktokを活用しているのを見て、私もそのような新しい挑戦に興味を持ち始めています。私はこのおたすけの第一歩は「一言のにをいがけ」から始まると考えており、時にその重要性を再認識することがあります。教祖年祭に向かう3代真柱様の論達に「一言のにをいがけは人の運命を変える。それは親の声を聞くとき心の向きが変わるからである。一度のおたすけは人の心を入れ替え、ない命をもおたすけけいただく。それは親の理を受けるからである」。と示されています。私たちはこの一言に心を込めて喜びを持って努め、教会やおぢばに人をお連れして教祖に繋ぐ役割を果たすことが大切なのではないでしょうか。教祖に代わってお話を取り次ぎ、病気の方々には真実を込めておさづけの取り次ぎを行う。助け主は親神様であり、私たちはその手足となって尽力することが重要です。私は教会で「こんにちは天理教です」とひと様に声をかけ、おぢば帰りを勧めるのが私たちの役目だと考えています。その13010010人がおぢばに帰ってくるかどうかは神様のご守護によるもので、私たちは声をかけることに専念します。また、おさづけを取り次ぐことも私たちの仕事ですが、その結果は神様にお任せし、天理教を知らない人々と出会い、自分にできることを精いっぱい行うことが大切です。私たちの使命は心を低く保ちつつ、一言のにをいがけを行い、教祖に繋ぐ方法を工夫していくことだと信じています。年祭当時、私の家族と信者さんの協力で初席者人を目指し、多くの人々に声をかけ続けた結果、大学生との出会いが生まれました。その大学生は後に私の弟と連絡を取り合い、友人を教会に連れてくるようになりました。その友人の1人は修養科を経て本部勤務を希望し、実際にその技術を活かして神殿の手すりを溶接するという貢献をしてくれました。このことから、にをいがけが神様の働きを通じて大きな結果を生むこと、そして一言の声かけがどれほどの影響を持つのかを強く感じました。私は教会長を務め、本部で働いているため、普段は天理教の信者に囲まれているので、天理駅や奈良駅へ出向き、天理教を知らない人との出会いを求めて活動をしています。具体的には、路傍講演を行い、出会った人に声をかけてチラシを渡し、連絡先を交換することをしています。最初は周囲から理解されないこともありましたが、続けているうちに様々な出会いが生まれています。例えば、年前の年祭活動で駅前で清掃をしていたおじさんと出会い、対話を重ねる中で天理教へ興味を持っていただくことができました。彼は初めは無関心だったのですが、最終的には本部に参拝するようになってもらった。このように「にをいがけ」を続ける中で、人々の心が変わることを実感しています。また、私は自分の信仰を公言し、新しい知り合いを作るよう努めています。天理教に関心を持っているか尋ね、興味がないと答えられれば、その人を「別席予備軍」として心に留め、年に数回の別席団参の際に声をかけます。信頼関係を築くことで、教祖の教えを伝える機会が増えると信じています。さらに、布教部でも身近な人ににをいがけをと言っていますが、これは逆に難しいこともあります。例えば、駅前でチラシを渡した際、初めて会った人に連絡先を教えられないと断られることもありましたが、体調の話をしたところ、腰が痛いと聞き、真剣におさづけを取り次ぎました。その結果、相手から電話番号を教えてもらえるなど、関係が深まるのを感じています。出会いを大切にしながら、おさづけを通じて教祖の教えを伝えていくことが私の使命だと考えています。一方で身近な人に対するにをいがけは難しいと感じています。特に学校や職場の友人、親戚に対しては、天理教という信仰を直接伝えることで人間関係が壊れるリスクがあるため、慎重になります。私の姉は一般の人と結婚して熱心に布教し、多くの信者や別席者を作ってきましたが、学生時代の友人ににをいがけをした際、金銭に関することで反発を受け、非常に悲しい思いをしたようです。私たちは人に助かってもらいたいと思ってお世話させてもらってているのに、時には否定的な反応を受けることがあります。教祖も同様に、多くご苦労なされ、警察に連れて行かれたり、アホやバカやと揶揄されたりしましたが、その中で道の信仰を広めることにご苦労されたことが思い起こされます。教祖が向き合われたのは、当時の人々に親神様の教えを理解してもらうことでした。私たちの苦かさおか21立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号4○労も教祖の雛形を辿るものであり、この活動が教祖の教えの核心であると思います。ですから、どんな状況でも教祖の雛形を意識しながら、布教活動に励むことが重要だと思います。友人や知人に声をかけていくことが、教祖の教えを広める一助となると考えています。教祖は「種をまくのやで、天理王命の話をするんやで」と言われました。種をまいてもすぐには結果が出ないかもしれませんが、長い年月を経て必ず芽が出ると信じています。最近では、戸別訪問とか神名流しではにをいがかからない、種をまいても結果が出ないと感じる人もいますが、種をまかない限り結果は出ないと思います。この道は人間の心で行けるものではなく、神様のお働きが必要であり、種をまき続けることで心を作り、理作りをすることが大切だと考えています。私は布教活動に出かける際、低い心になることを意識しています。というのも、会長や部署長になると高慢になりがちですが、にをいがけではただの天理教の一員として、謙虚さが求められます。年前、布教の家に行く際に、恩師から「断られることが多いが、それがありがたい」との電話を受けました。その後布教に歩いてみて、布教は心を低くするために行うもので、たとえ誰も話を聞いてくれなくても、心を低く通ることが大切なのだと気づかされました。恩師の愛情深い指導に感謝しつつも、その教えを実践し続けるのは簡単ではなく、時には辛いこともありました。しかし、自分自身を作り直す機会と捉え、教祖の教えを信じて布教活動に励んでいます。最近は、恩師の言葉が教祖の導きであったと感じるようになり、その信念が私の活動への後押しとなっています。今も心を低くするためににをいがけに出させていただいているのです。現在では、子供食堂や里親制度、ファミリーホーム、自立準備ホームなどのおたすけの様々な工夫も大切だと思います。道の信仰をする人々は、困っている人をたすけたいという気持ちが強く、天理教の福祉活動や社会貢献は素晴らしいものです。このような活動を通じて出会った人々とのつながりが生まれ、例えば子供食堂からの支援が続いているケースもあります。また従来の布教活動も、心の成人、教祖の教えをたどるという意味でもとても大切902040です。自身の教会でも子供食堂を運営しており、地域との信頼関係を築いています。天理教の活動を通じて、周囲の人々から興味を持たれることが増え、信念を持って取り組む姿勢が伝わると考えています。これにより、様々な活動を通じて従来の布教も大切にしながら、信頼関係を築いていくことが大事だと思っています。私がにをいがけで一番大切にしているのは、おさしずに「どんなところにをいかかるも神が働くからかかる。またどんなところへにをいかかるもみんな入り込んでの自由と聞かしおこう」と言われてますように、おたすけは親神様や教祖にお働き頂くものですから、私たちはその教えを伝え続けることが重要だと思います。布教活動を始めた頃から今もつながっている方がいますが、年前に出会った方で、現在は2件だけのつながりとなっています。昨年、福岡寮の周年の記念講演の前日に、その方を訪問しました。その方は歳のおばあちゃんで、家族や近所の人たちを集めて、私の話を聞いてくれると言ってくれました。この出会いは不思議で、私が年前の8月日に初めてその方に会った日を今でも2116覚えています。その時、団地を訪問していた際に、出迎えてくれたのはその方の旦那さんでした。彼は自分の母が天理教を信仰していたことを思い出し、私に興味を持ってくれました。その後、奥さんが帰宅し、最初は怖そうな印象を抱いたものの、意外にも私を家に招いてくれました。それから何度も訪問し、ご主人にもおさづけを取り次ぎ、いつでも訪問していいと言ってもらったのです。その後、3か月経っておぢばに帰ることになった際、奥さんから驚くような話を聞きました。彼女は、「今まで天理教の人を家に入れたことは一度もない」と言い、私を受け入れた理由を教えてくれました。当時2歳の息子が、天理教の熱心な信者であるお義母さん宅に向かう道中、バイクにひかれて出直してしまった。息子を失った悲しみから事故を天理教のせいにして、あえて別の宗教に入ったそうです。しかし年月が経つにつれ、彼女たちは過去の選択を悔い、8月日にお義母さんのお墓参りをして涙を流して謝罪したそうです。その翌日に私が訪問したことで、お義母さんが出会わせててくれたと感じたとのことです。それ以来、私たちは年以上の長20155○立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号かさおか10い付き合いを続けており、彼女は私の大切な宝物となっています。現在もお供えを送ってもらったりしながら、彼女との繋がりを大切に思って歩んでいます。年前、私は自分自身の事情で本当に辛い時期がありましたが、その中で本部の御用をしながら、三年千日毎日布教を続ける決意をし、路傍講演を行ってきました。しかし、私の事情はなかなか良くならず、苦しい思いをしていました。それでも、続ける中で急激ににをいがかかって、不思議なお働きもたくさんいただきました。人をお連れすることに尽力しているうちに、「神様に任せよう」という心境になり、自分の悩みが気にならなくなりました。不思議なことが次々と起こり、活動を続けるうちに、自分の状況も少しずつ改善してきました。もしあの事情がなければ、私は布教を続けていなかったでしょうし、皆さんの前でお話しすることもなかったと思います。教会には多くの用木さんをお与えいただき、その中には大工さんもいて、教会の神殿を普請することもできました。これらは全て神様のお導きであり、逃げることなく、心を定めてその状況を2323婦人会受け入れることが大切だと感じています。今月は全教会布教推進月間であり、にをいがけ・おたすけこそが私たちの使命です。教祖にお喜びいただくために、またご安心いただくために精一杯努力したいと思います。皆さんにも自分にできるにをいがけやおたすけを続けていただきたいです。結果が出なくても、続けることが何よりも大切であり、その先には必ず良い結果が待っていると信じています。長時間にわたって私の話をお聞きいただき、ありがとうございました。(要約布教部次長佐藤真孝)委員部長後継者講習会開催9・大教会婦人会笠岡支部(上原きよの支部長)は9月日「委員部長後継者講習会」を開催し、9人が受講しました。支部長様お話では、「おやさま」という題目の紙芝居を取り入れて、おやさまを身近に感じてもらえるよう分かりやすくお話下さいました。また、年祭活動後半の歩みとして掲げて下さった「毎日喜び感謝を声に出そう」との実践項目を、それぞれが毎日の生活の中に取り入れて実践し身につけていく事で、年祭の旬に少しでも成人した姿を教祖にご覧頂ける様、歩ませて頂きましょうと締めくくられました。その後、2班に分かれて、サイコロの目で決められたテーマに沿ってそれぞれが話をする「サイコロトーク」で盛り上がり、楽しい時間を過ごしました。午後から大教会周辺を神名流しを紙芝居を使ってのお話テーマに沿ったサイコロトークし、未だ厳しい暑さの残る中ではありましたが、時おり吹く風に教祖の親心を感じながら勇んで歩かせて頂くことが出来ました。世話取りに当たった委員部長さん達の心の込もった昼食作り、人を越える託児の甲斐もあり、受講者も落ち着いた環境の中で、改めて委員部長後継者として、今後の年祭活動の歩み方を思案できる充実した講習会になりました。(常任委員山野なつ)20大教会周辺を神名流しお話に聞き入る受講者かさおか10立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号6○2010能登半島支援活動(第3回目)報告大教会は、月5日、珠洲市の直小学校仮設住宅広場で、被災地支援の秋祭りを行った。3回目となる今回は、能登の皆さんに楽しい時間や空間を提供したいとの思いから、秋祭りを実施する事となった。1ヶ月前より、屋台ブースのメニューや出し物、必要な人数、物品などの調整を始めた。秋祭りを現実化するには、人が必要であった。また、開催予定地は、プレハブ小屋が1つあるだけの広場であったため、ほとんど全ての物品をこちらから持参する形となった。様々な声かけのおかげで、自主的に参加したいという有志人が整い、各教会や地区の繋がりで、物品、食材なども揃える事ができた。一行は、月4日の午後8時に大教会を出発し、翌5日の午前6時半頃、珠洲ひのきしんセンター(鹿島大・寳立分教会)に到着。現地コーディネートをして下さったセンターの石橋氏と打ち合わせ、準備がスタートした。午後3時半の開場に向け、うどん、20会長室150炊き込みご飯、焼き鳥&豚バラ焼、揚げたこ焼き、クロワッサンたい焼きなどの準備、テント、提灯、音響などの会場設営が、一手一つに進められた。およそ人が来場した秋祭りは、今回同行した女性を中心としたメンバーによるダンスでスタート。続いて、マジシャン『&u』(アンドユー)によるマジックが披露された。また、子ども餅つき、ビンゴ大会、カラオケ、花火も大いに盛り上がり、仮設住宅の住民がほとんどだった参加者の方々に、楽しい秋のひとときを提供することができた。(災害対策委員上原繁次)大盛況の予感!お祭り会場入場受付2610052能登半島支援活動に参加しては大成功だった。貴重な体験には感謝しかない。興明分教会長吉岡誠一郎仮設住宅で「秋祭り」を開催。これが今回の支援活動の内容である。ただ現場は珠洲市立直小学校。仮設住宅に世帯人が暮らしている。活動の拠点は,珠洲ひのきしんセンターである寶立分教会。会長夫妻は,毎日のようにひのきしんに来られる方々をその作業内容に応じてコーディネートされていると思われる。頭が下がる。さて,「秋祭り」の受付では,うどん・炊き込みごはん・揚げたこ焼き・たい焼き・焼き鳥&豚バラ,更に子どもたちがついたおもち等,全てが食べられるチケットを円で販売。更にみんなに必ず景品が当たるビンゴカードを配布。アトラクションは&Uさんのマジックショーに始まり、カラオケ・こども餅つき・ビンゴ大会・花火と盛りだくさん。家に食べ物を持ち帰って食べる傾向が強い住民が,笑顔でステージを見ておしゃべりをしている。特にビンゴゲームは大きな声も出て盛り上がった。途中で帰る人はほとんど見受けられない。天候にも恵まれて今回の「秋祭り」支援活動で感じた事大教会女子青年田中彩今回、私は人生2度目の炊き出しに行かせていただきました。前回の炊き出しでも感じたことですが、炊き出しができるのは、当日炊き出しをしに行く人はもちろん、炊き出しに行けなくても、心を寄せて、見えないところで子ども餅つき7○立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号かさおか動いてくださる方々の蔭の働きがあるからなんだと改めて感じさせていただきました。秋祭りは、準備の段階で色々とハプニングもありましたが、被災された方々が喜んでくださる姿やたくさんの笑顔を見させていただき、私自身、すごくパワーをいただきました。私は、今回炊き出しメンバーの中で最年少ということもあり、うまく馴染めるか不安もありましたが、そんな悩みも吹き飛ぶくらい、みなさんが本当に優しくて、面白くて、温かくて、とにかく笑顔溢れる時間でした。まだまだ被災地の復興は進んでいない状況ですが、被災された方々が一日でも早く元の生活に戻れるよう、これからも神様にお願いさせていただきます。秋祭り甲井分教会山田英嗣前回に続き第3回能登半島支援に参加させて頂きました。今回は現地で祭15りを開催するとの事でした。当然後方支援をするのだと思っていましたが自分が想像していた事とは全く違い、ゼロの状態から秋祭りを開催するという大変なプロジェクトでした。お祭りの会場は、仮設住宅横の広場でした。模擬店の会場づくりをしていても、此処で秋祭りをして本当に人が集まるのか?という感じでしたが、開始時間の時半には既に行列が出来ており、予想以上に盛況なモノとなりました。幾つか有る模擬店の中で私は芳井分教会の奥様と揚げタコ焼きの係になりました。志郎先生から「積極的に現地の方に声をかけて」との事でしたので、被災者の方々と色々な話をさせて頂きました(話に夢中になって、子ども達の歓声が会場に響いた花火10ついつい揚げタコ焼が黒焦げになったりもしましたが)。ひとりの年配の女性が強烈な方言で言ってくれた「タコ焼きなんて久しぶりに食べた!凄く美味しい!」と言う言葉を聞かせて頂いた時、時間かけて能登まで来さてもらった事を心から喜ぶ事が出来ました。前回も感じた事ですが、当たり前の生活を送らせて頂いている日常がどれほど有難いか再確認させて頂けた事に感謝しています。どうか、皆さんも機会があれば是非参加してみて下さい。支援活動からの気づき葦陽分教会塩出久美この度、第3回能登半島支援に初めて参加させて頂きました。以前から能登の復興が進んでいないという話を聞いていたので、どうしても参加したいと思いました。一人で参加するよりは、誰か一緒に行ってくれないかと思い大学生の息子に声をかけたところ、二つ返事で参加してくれると言ってくれました。今回は仮設住宅に入られている方々に秋祭りを楽しんで頂くということでした。能登の現状は、想像を超えていました。完全に倒壊していたり、傾いていたり、とても住める状態でない多くの家がそのままだったのです。いつ元の生活に戻れるのかわかりません。そんな中で、秋祭りに来られた方々は、その時間を楽しんで下さって、私たちに笑顔を返してくれました。私は、バスの狭さや、たった1日お風呂に入れないことに不自由を感じた自分を恥ずかしく思いました。毎日、当たり前と思っていることが、全てご守護であって、感謝を忘れてはいけないと改めて思わせて頂きました。大人も子供もお楽しみビンゴ大会かさおか立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号8○九月月次祭祭文これの笠岡大教会の神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に会長上原明勇慎んで申し上げます親神様には子どもかわいい一条の親心から天然自然のお働きと自由の御守護を賜り旬に応じての仕込みを通して陽気ぐらしへとお導き下さいます事は誠に有難く勿体ない極みでございます私共は日々お見せ頂く姿は親神様の親心と受け止め朝夕に御礼申し上げると共にたすけ一条の御用の上に努め励ませて頂いておりますその中にも今日の吉日は九月の月次祭を執り行う日柄でございますので只今からおつとめ奉仕人一同明るく陽気に勇んで坐りづとめてをどりをつとめさせて頂きます御前にはいまだ暑さ厳しい中も厭わず今日の日を楽しみに寄り集いました道の子供たちが相共にお歌を唱和し日頃の御高恩に改めて御礼申し上げ尚も変わらぬ親心にお縋りする皆の誠真実の状をご覧下さいまして親神様にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて今月は全教会布教推進月間として通らして頂いており二十三日には「笠岡にをいがけデー」月末には「全教一斉にをいがけデー」がございます本日は祭典に引き続き布教推進講習会を開催致しますお聞かせ頂くお話をしっかりと胸に治めて年祭活動二年目の年に相応しくより一層勇んでにをいがけに励ませて頂く所存でございますまた来月は秋季大祭の月でございますので直轄教会に大祭参拝をさせて頂きます立教に込められた親の思いを改めて思案すると共にそれぞれ定めた目標・実践項目と年祭活動後半の動きとして新たに打ち出した「毎日、喜び感謝を声に出そう」を実践し成人の歩みを進めさせて頂く所存でございます何卒親神様には世界一れつ救けたいとの親心にお応えするべくたすけ一条に邁進する皆の誠真実の心をお受取り下さいまして万たすけの上に自由の御守護を賜りお望み下さる陽気ぐらしの世の状に一日も早くお導き下さいますよう一同と共に慎んでお願い申し上げます秋季霊祭祭文これの笠岡大教会の祖霊殿にお鎮まり下さいます本席様の神霊初代真柱様並びに奥様の神霊二代真柱様の神霊大教会創設の祖上原佐吉大人八重刀自の神霊初代会長上原さと刀自の神霊二代会長上原伊助大人光刀自の神霊三代会長上原繁雄大人くにゑ刀自の神霊四代会長上原郁雄大人朝子刀自せい子刀自の神霊歴代会長と共に道の上に真実を尽くされた役員部内教会長教人よふぼく信者の神霊また新たにお鎮まり下さいました中村幸子刀自岡﨑京子刀自諸々の神霊の前に会長上原明勇慎んで申し上げます祖霊様方には親神様教祖から夫々のいんねんを見定められ身上事情を通して早くからこの道に引き寄せられました以来我が身我が家のいんねんの自覚の元ご恩報じ一筋にたすけ一条の真実を伏せ込まれました今日のお道が結構な姿をお見せ頂いておりますのは親神様教祖のご守護お導きの賜物である事は申すまでもありませんがまた一つには祖霊様方の真実の理作りのお陰と日々は朝夕にお礼申し上げると共に祖霊様方にもお喜び頂きたいと届かぬながらもたすけ一条の御用の上に努め励ませて頂いておりますその中にも本日は秋の霊祭を執り行う定めの日柄でございますので御前に心づくしの種々の物を供えて只今はおつとめ奉仕人一同親神様の御前にててをどりをつとめさせていただきました続いて祖霊様方の御前に座を移し在りし日を偲び御遺徳を称えお礼申し上げる皆の真実の姿をご覧下しまして祖霊様方にもお勇み下さいますようお願い申し上げますさて教祖百四十年祭に向けての年祭活動二年目の年も残すところ三か月余りとなりました来月には直轄教会への大祭参拝を行い立教に込められた親の思いに改めて思いを致し大教会の方針と目標と新たに打ち出した実践項目またそれぞれの教会毎に定めた目標と実践項目をもとに成人の歩みを進めさせて頂く所存でございます何卒祖霊様方には変化の激しいこの時代においても親孝心一筋にたすけ一条の歩みを続ける皆の真実の状をご覧下さいまして教祖百四十年祭に向かっての成人の歩みがより確かなものになりますようにお力添えを下さいますよう一同と共に慎んでお願い申し上げます9○立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号かさおか立教百八十七年九月月次祭祭典役割表祭主大教会長様今川昌彦扈者山野弘実高木昭祥賛者岡﨑治喜指図方門脇元教講話布教推進講習会十月講話大教会長様区分役割地方おつとめてをどり笛ちゃんぽん拍子木太鼓すりがね小鼓琴三味線胡弓坐り勤前半後半岡﨑真一佐藤道孝中島誠治虫明立生田林久嗣山野弘実上原繁次杉原善朗谷内秀自大教会長様田中隆之上原志郎前会長様上原浩今川昌彦上原繁道吉岡誠一郎横山逸郎大教会奥様武内正美横山小智榮前奥様中村初美室悦子田中ますみ吉岡八恵上原千枝子佐藤真孝淺野明教岡﨑治喜高木昭祥岡﨑真一佐藤真孝吉岡壽岡田誠上原繁次中村剛山田敏教谷内伸自中村義太郎内海史郎虫明立生淺野明教門脇元教赤木素志佐藤香苗岡﨑豊子内海安子上原順子谷内美知子田中つかさ今川佐智子三島照美高木孝子立教百八十七年秋季霊祭祭典役割表祭主大教会長様吉岡誠一郎扈者横山逸郎内海史郎賛者上原繁次指図方上原志郎区分役割地方おつとめてをどり笛ちゃんぽん拍子木太鼓すりがね小鼓琴三味線胡弓前半後半前会長様谷内伸自今川昌彦藤井治喜岡﨑治喜貞清知実大教会長様枝廣隆文門脇元教渡邉孝信田中隆之北川壯一大教会奥様武内正美門脇加津吉岡八恵田中つかさ山野なつ岡﨑真一高橋徳行杉原善朗仙田公男中島誠治武内清和上原繁道田中亜輝谷内秀自三阪泰人佐藤真孝三代拓己前奥様内海安子岡﨑豊子三島照美上原順子上原千枝子詰所からのお願い詰所での宿泊・喫食について詰所で宿泊・喫食される場合は、「教会名・代表者名・泊数・食数」を、2日前までには、必ず詰所へご連絡ください。食事をしない(宿泊のみの)場合でも、2日前には申し込みをして下さるようお願い致します。部内教会・信者に徹底願います。かさおか立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号10○修養科修了生の声修養科を終えて上下分教会山野大地3ヶ月の修養科生活は、私に多くの学びを与えてくれました。組掛のお役を指名していただき、私は、多くの人をお世話どりさせていただこうと思っていました。しかし、現実はそう甘くはありません。詰所の事や組掛としてやる事が多く、自分の事だけで精一杯でした。そんな時、修養科主任・髙井久太郎先生のお話の中に「人を助けようと思ったらあかん。人に助けてもらえる人間になりなさい」という言葉が心に響きました。私はなんと高慢な心で通っていたのかと反省しました。ありがたいことに、私の周りには、困ったら助けてくれる。物事を頼んだら快く受け入れてくれる人がたくさんいて、私にはこんなにも助けてくれる人がいる。本当にありがたい事だと思いました。優しい言葉がけ一つ、話を聞く態度一つが、どれだけ心に温もりと余裕を与えてくれるか。私は、私を助けてくださった人の低い心や、人の為に尽くす行動をまざまざと見せていただき、今回修養科に入ったのは、この事を気づいてもらうために、親神様が引き寄せてくださったのだと思いました。修養科を修了することを新たなスタートとし、これから多くの人と関わる中で、低い心、人の為に尽くす行動を意識して通りたいと思います。大教会だより◎本部月次祭登殿参列立教年8月日登殿弥髙山岡﨑治喜明石市杉原善朗御野佐藤哲香地華武内清和門司港猪原啓介大惠山瀬藤友昭髙児島瀬良善彦高丸谷本章錦ヶ原池平武司◎第九九七期修養科自立教年7月1日至立教年9月日*教養掛(○主主任、○副副主任)一ヶ月目○主森本忠善(大教会役員・海松ヶ岡分教会長)○副藤本芳久(東水島分教会長)二ヶ月目○主中村剛史(久松分教会長)○副貞清知実18726187187271871871010(三郡分教会長)三ヶ月目○主北川治史(稲倉分教会長)○副津森朋之(簸ノ川分教会長)*修了者上下山野大地◎教人資格講習会修了者立教年月日終講上下山野大地◎立教年秋季大祭参拝(丸数字は当該月に)福山中島誠治髙屋大教会長様神邉大教会長様島根上原繁道久松武内正美鶴山門脇元教弥髙山大教会長様陽備上原繁道摩耶前会長様金浦岡﨑真一興明上原繁道ひろさと上原繁道陶山⑪田中隆之芳井上原繁道11○立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号10かさおか海松ヶ岡武内正美東悠上原志郎吸江大教会長様照陽田中隆之輝美濃上原志郎新山邑上原繁道呰部中島誠治明石市岡﨑真一上下大教会長様府中市田中隆之東城門脇元教服部前会長様島中上原志郎驛家中島誠治葦陽武内正美湯田原大教会長様備中中島誠治神昭岡﨑真一美之郷⑪上原繁道錦備前会長様神免田中隆之今年8月末、義父の年祭があり、家族で妻の実家へ里帰りした。年祭の直会の時、斎主をつとめられた上級教会のK会長さんとお話しさせて頂く事ができた。K会長さんは「お道には大難を小難に小難を無難に、と教えて頂きますが、無難だと御守護頂いた事に気付けないし、大難ばかりではなかなか喜ぶことが難しい。いかに小難を喜ぶかが大事なんです。数年前、自教会の月次祭後、片付けも終わり、信者さん方を見送った後に、教会の玄関で大きな木片が足に刺さったんです。なんで勇んでおつとめをつとめた後にこんな目にあうんやと不足していましたら、私の弟が、『会長さん(K先生の事)、喜んでると思ったわ』って言うんです。理由を聞くと、『月次祭に来られた信者さんや、家族に刺さらず、自分で良かったと思てると思ったわ』と言われ、ハッとしました。その時、心から身上を頂いたのが自分で良かった、小難にしてもらって本当に良かったと思えました。」と自身の経験談を聞かせて下さった。年祭活動期間中、教会の中で様々な事情・身上をお見せ頂いている。この出会いは、私の心の中にあるモヤモヤを救いあげて下さる為に、義父が引き合わせてくれたんだと思えた。(よ)かさおか立教187年(令和6年/2024年)10月21日第63巻第10号○12